ざぁこ♡ ざぁこ♡

 一角ウサギはちょうどいい相手だった。

 草原でのんきにぴょんぴょん跳ねているので蹴飛ばしてあげると怒って攻撃してくる。後は頑張って避けつつ、ジャンプしたところを斬りつける感じだ。

 難点は可愛くて可哀想なことと、小さいので攻撃が当たりづらいこと。

 そこはラファエラの魔法の矢マジックアローが役に立った。軽い追尾機能がついているので当てやすく、MPの許す限りウサギをきゅう、とノックアウトさせていった。


「素材、ウサギの羽毛、うふふ……♡」


 ウサギの体毛は服飾素材だ。

 肉や角を落とすこともあるのでこっちは後で売却してお小遣いに回す。ちょっとではあるものの経験値も入るので意外と悪くない。

 乱獲している事実を除けばふわふわした生き物に囲まれて幸せな時間だとも言える。

 とか、油断していたのがいけなかったのか。


「グルル」

「ぐるる?」


 気がついたらいかにも「お腹減ってます!」といった感じの狼に近づかれていた。


「可愛くない。ラファエラ、なにあれ?」

「やっば。簡単に言うとこのエリアのボスみたいなものよ。勝てないから逃げるわよ!?」

「に、逃げるって言っても……」


 あいにく狼さんは足が速かった。素早く全力で逃げ始めればなんとかなったかもしれないが、ミーナの反応が遅れたり、リリが途中で転んだりした結果追いつかれた。


「こうなったら戦うしかないよね。……えいっ! って、あれ?」


 素早い狼さんに短剣での攻撃は当たらず、逆に鋭い爪の一撃はいともあっさりと命中した。

 全年齢のゲームなので苦痛の再現レベルは低いものの、大ダメージになるとそれなりの衝撃はある。「いったあ……」とかぼやいていたらそのまま押し倒されて噛み噛みされた。

 どうせ押し倒されるなら人間相手がよかった、などと思っている間にHPがあっさり0に。


「あー、これは駄目ね。死んだわ」

「ひ、ひい……っ!?」


 後から思えば、ミーナがやられている間に他の二人は逃げられたかもしれない。ただ実際には慌てて背を向けたリリが噛み噛みされ、最後にラファエラも爪でざっくりやられた。

 三人は仲良く地面に横たわったまま幽霊になって浮かんだ。


「あれ、なにこれ?」

「パーティメンバーにだけ見える幽霊よ。街に戻る前に今後の相談とかできるようになってるの」

「なるほど。便利だね。便利だけどシュールだね……」


 他のプレイヤーには見えないらしいので下着を覗かれたりする心配はない。


「お。ちょうどいいところにいた。……囮になってくれたのかな、ありがとねー、雑魚さん達」


 基本的にモンスター同士は共食いをしない。

 ぴょこんぴょこんとどこからともなく白い生き物が現れる中、どこかへ歩き去ろうとしていた狼は新たな人間の登場に動きを変えた。

 やってきたのはミーナたちより少し年下に見える少女が一人だ。


「あ、あの子もやられちゃうんじゃない……!?」

「落ち着きなさいミーナ。こっちの声は伝わらないから。……それに、たぶん大丈夫よ」

「え?」


 炎を連想させるセミロングヘアを靡かせながらルビーのような瞳を輝かせた彼女はばっとマントを翻すと鞘から剣を抜いた。

 精緻な装飾付きの柄。その先には──刃が付いていない。

 つけ忘れ? などと思った直後、オレンジ色に輝く刀身が形成され、突進してきた狼に向けて振り下ろされる。ミーナの下手な攻撃とはまるで違う的確かつ高速の一撃。

 すぱっ、と。

 包丁の実演販売の如く一刀両断。


「え、あれ、一撃……?」

「みたいね。私達とはレベルもステータスも装備も何もかも違うのよ。さすがトッププレイヤー」


 光の粒子となって狼が消滅すると、血色をした小さな球のようなものが少女の身体へと吸い込まれていく。


「お、やったー精髄ゲット。たまには雑魚狩りするのも悪くないよね。どうせあたしは何してても強くなれちゃう天才だし」


 精髄、というのはごく稀にドロップするレアアイテムだとミーナは後でラファエラに聞いた。

 どうして後になったかというと、トッププレイヤー? らしい少女が倒れている方のミーナの傍にしゃがみ込んだからだ。


「おねーさん達のお陰かな? でも、弱いくせにあんなのに挑んじゃ駄目だよ。ざこはざこらしくウサギでも狩ってるんだよー?」

「うわうっざ。噂には聞いてたけど実物は想像以上ね」

「メスガキもすっかり属性の一つになりましたよね」


 少女はさらに「ざぁこ♡ ざぁこ♡」などと言いながらミーナの服──パンツ風のボトムスに手をかけてずらし始める。


「わ。このおねーさんすっご♡ 黒いえっちなの穿いてるー♡ エリーちゃんいいもの見ちゃった」

「こんな小さな子に罵倒されるなんて思わなかったよ……♡」

「喜んでないで街に戻るわよミーナ!!」

「ええ!?」


 何故か急に焦り始めたラファエラに急かされながら、視界に浮かんでいた帰還ボタンをタップ。

 すると一瞬の暗転の後、三人はいつものアトリエに戻ってきていた。HPが0になって戦闘不能になった場合、最後に訪れた街か拠点に設定した場所に戻されるのだ。

 倒されると経験値が少し減ってしまうものの所持品や所持金には影響がない。ほっとひと息ついて椅子やベッドに腰かけ「ひどい目に遭った」という気分を共有する。


「危なかったわ。あのままだったら次は私かリリが下着見られてたもの」

「それで慌ててたんだ。それで、あの子がトッププレイヤーっていうのは……?」

「エリーゼ・マイセルフ。獲得経験値ランキング。βテストからの古参プレイヤーにして文句なしのハイランカー。私達から見たら雲の上の存在よ」

「あの子が一位……」


 エリーゼはあの狼を一撃で仕留めるほどの戦闘力を持ちながら容姿にも優れていた。ゲーム内で最もレベルが高いと言われても納得である。


「あの光の剣もすごそうだったよね」

「マナブレードの一種ですね。軽くて強力な上に見栄えがするので非常に高価です」


 強いプレイヤーは上位の狩場に行ける。強いモンスターほど良いアイテムを落とすので所得格差はどんどん広がっていく。

 ミーナたちを「ざぁこ♡」などと罵っていたのにもそれなりの理由があるのだ。

 ラファエラがため息と共に肩をすくめて、


「ま、あいつに追いつくのは無理ね。何しろ経験値の効率が違うもの」

「それって条件のせい?」

「そ。エリーゼの条件は『ゲームを始めてから時間が経過するたび』よ。チートとしか言いようがないわよね」


 要するになにもしていなくても一秒経つごとに経験値が入る。

 βテストからのプレイヤーというのがポイントだ。他のプレイヤーが後から真似しようとしても追いつけない。レベル差がある以上、狩りで稼げる経験値さえエリーゼの方が多くなる。

 結果、ついたあだ名は「鬱陶しいメスガキ」「強いメスガキ」「最強のメスガキ」etc。


「メスガキは確定なんだ」

「性格があれじゃあね。罵られたいドM以外からはウザがられてるわ」

「可愛い服着たら映えると思うんですが」

「わかる」


 彼女は幼さの残る容姿──要するに貧乳美少女だった。フリルをふんだんに使った衣装とかこれでもかと似合うと思う。本人に「着てください」なんて言ったら「は? なんであたしがそんなことしなきゃいけないのぉ?」と煽ってきそうだが。


「うーん。わたしたちはわたしたちなりに頑張ろっか」

「そうね」

「賛成です」


 それからは作業(ミーナは散歩)の合間に息抜きとして狩りに出かけるようになった。

 何度か繰り返しているうちにだんだん慣れてきてボスを見かけたら逃げられるように。レベル上げに来ている初心者からも同類だと思われているのか「一緒に頑張りましょう」と優しく声をかけられるお陰でのんびりと戦闘に勤しむことができた。


「でもこれ、ミーナは半分くらい踊ってるだけよね」


 戦舞踏バトルダンスのスキルは「踊りながら戦闘する」ことによって熟練度が上がっていく。効率よく鍛えるには絶えずステップを踏んでいる必要があった。


「わたしは楽しいよ?」

「あんまり前衛の意味がないって言ってんのよ。かといって凶暴なモンスターだとそもそも勝てないし」

「飛び道具一発で倒せればいいんですけど……」


 踊りながら蹴飛ばしたウサギにラファエラorリリがトドメを差す、という流れを経ないと微妙にダメージが足りない。

 ミーナを狙っていない個体に他の二人が手を出すとターゲットがそっちに行ってしまい余計なダメージを受けるのだった。


「ラファエラ、回復魔法って使えないの?」

「治癒系は魔法の種類が別だから覚えるの大変なのよ」


 ぶっちゃけレベル上げが目的ならアトリエで作業している方が効率良かった。


「でも、貴重な収入源だもんね」

「元手がほとんどかからずにお金が入ってくるのは重要よね」


 ラファエラもリリも結構自由のきく立場なのか、毎日のように集まってはマイペースなプレイを続けた。

 ミーナは学校から帰ってきたら部屋着に着替えてすぐログイン。中で宿題を片付けたら夕方までプレイしっぱなし。入浴や夕食を済ませたらまたログイン。休みの日は出かける用事がない限り起きてから寝るまでの時間をほぼゲームの中で過ごしている。

 頭に直接情景を送り込むようなシステムなので目が悪くなる心配もない。

 なお、兄のログイン状況も筒抜けなわけで、


『お前、最近ゲームにハマりすぎじゃないか?』

『わたしはちゃんと勉強もしてるもん。お兄ちゃんこそ課題とかレポート大丈夫なの?』

『ぐっ……痛いところを。可愛いからって調子に乗るなよ』

『え、わたし可愛い? えへへ……』

『だめだこいつ』


 ミーナの経験値が増える頻度も少しずつ、本当に少しずつだが上がってきている。


「わたし結構見られてるのかな。嬉しい」

「私の描いた絵のおかげでしょ」

「私の衣装も少しは貢献できているでしょうか……」


 ラファエラは毎日一枚以上絵を仕上げて売りに出している。固定ファンがいるのかそれともえっちな絵のパワーかコンスタントに売れており、懐具合もふたたび温まってきた。

 そろそろ新しい衣装を作りたいところで、


「踊り子風の衣装とかいいと思わない?」

「とうとう直球で来たわね」

「いえ、わかります。踊っている時は軽装な方が映えますよね」


 リリの言う通り、ダンスを経験してみて思ったことだ。ダンスと言っても自己流なのだけれど暇な時間に動画を見たりして少しずつ勉強中である。


「でも、戦闘用の服を作るには素材とスキルが足りませんよ」

「それでもいいよ。街でダンスの練習するのに使うから」

「それなら服も傷みませんね」

「スクショ撮りに行くからやる時は教えなさいね」


 というわけで、リリにファンタジー風の踊り子衣装を作ってもらうことにした。初めてだし、えっちすぎるとか難癖付けられても嫌なので露出は控えめで。それでも出来上がったデザイン案はなかなかに刺激に溢れていた。


「可愛い!」

「うわ、エロ」

「またしてもタイトな造りなのでやりがいがあります」


 出来上がったのは神聖王都らしく白をベースにしたツーピースタイプの衣装だ。

 左右の生地を金属製のリングで繋げたチューブトップのブラに、ローレグの水着風インナー。深いスリットの入ったマーメイドスカート。指を覆わない白いレースの長手袋とニーハイソックスを合わせ、頭には薄いヴェールを被る。

 肩と首回りに薄手の布を巻けば、へそ出しをしながら清楚なイメージで纏まった踊り子衣装の出来上がりである。


「それじゃあ、さっそく踊ってくるねっ」

「私も撮影のために一緒に行くわ」

「私もこっそり隠れて見守ります」


 広場だと邪魔になりそうだから街中のちょっとした休憩スペースみたいなところを使って踊った。

 人通りも多くなく、なんだか場違いな気がして最初は少し恥ずかしかったものの、踊っているうちに気にならなくなってくる。ちらちらと視線が集まるようになると逆に快感になってきて、気づいたら五人を超えるプレイヤーに見られていた。


「~っ♡」


 視線がきっかけじゃ経験値にならないのに、と思う間もなく、ミーナは身体をびくんと震わせた。

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