少しくらい触ってもいいよ?
「♪」
神聖王都を散歩しながらミーナは上機嫌だった。
気持ちのいい快晴。ゲームの中でも曇りの日はあるし、たまに雨も降る。雨の中、敢えて傘を差さずに歩くのも楽しそうだけれど、今日はせっかく新しい服なので濡らしたくない。
リリのオーダーメイド第一作はブレザーにブラウス、スカートを主な部品とする衣装──すなわち学校の制服である。
現実に存在する制服ではなく、アニメやラノベに出てくるような可愛いやつ。刺繍等の装飾多めの仕上がりでテンションが上がる。
サイズはミーナの体型ぴったり。
「いいなあ、このフィット感」
今のバストサイズはCカップ。もうちょっとでDに届きそうだ。起伏のあるボディラインが立体的な縫製によって強調されている一方、動きにくさはそこまで感じない。リリのスキルがまだ低めなので細かい造りは甘かったりするのは我慢。
(胸のサイズは顔のクオリティを下げることで大きくできるし、逆に削って顔を良くすることもできる。
魅力特化のミーナは顔も十分可愛くできるので、バランスが崩れないギリギリのラインまで大きくする方針だ)
試作品も含めて何着も作ってもらい、制服に合わせた革靴を既製品で買ったのも含めてお財布はだいぶ軽くなってしまったが、満足である。
この服で街を歩き始めてから周囲の視線が気持ちいい。
制服が珍しいのか、ちらちら見てくる男性が明らかに増えた。素知らぬふりをしていても女子にはバレバレである。ミーナは大歓迎だが普通の女の子にやる時は気を付けて欲しい。
「……♡」
ちなみに今日はちゃんと下着をつけている。
ブレザーの生地がしっかりしているのでどうせ透けないからだ。でも、透けないからこそ着けないというのもアリだったかもしれない。
と。
「ねえ、そこの可愛い子」
「今暇? ちょっと話さない?」
二人組の男性プレイヤーに声をかけられた。
戦士風と盗賊風。顔は可もなく不可もなく。モンスター退治メインのPCは他のステータスを重視するので平凡な容姿になりやすい。
思わず立ち止ったミーナは前後を取られて逃げ場を失ってしまう。
ナンパだ。
「もしかして、可愛い子ってわたしですか?」
JKを口説く冒険者とか明らかに事案である。
ミーナは身の危険を感じながら内心で興奮していた。
平和な日本と違ってここはファンタジー世界。か弱い女の子がふらふらしていたら簡単に捕まってあんなことやこんなことをされてしまう。
「そうそう。もちろん金は俺達が出すからさ」
「戦闘苦手そうだし、お金に困ってるんじゃない?」
「ごめんなさい、わたし未成年なので」
※ただしここはゲーム世界です。
日本の法律が適用されるので未成年とのえっちな行為はアウト。システムに監視されている分「バレなきゃOK」とはならないのでむしろ厳しい。
もうちょっといい気分を味わっても良かったかな、と思いつつ切り札を出すと二人は明らかに残念そうな顔をした。
これならなんとか逃げきれ、
「そうなんだ。じゃあさ、健全な遊びってことで」
「いいでしょ? ね?」
「ファンタジーばんざい」
「は?」
今なんて言った? という顔をするナンパ男に「こっちの話です」と返し、にこにこと微笑みながらミーナは「どうしよう」と思った。
禁止されているえっちな行為は本格的なやつだけ。
お尻を触るとかキスをするくらいなら大丈夫なので身の危険がないとは言い切れない。
ミーナの専門は見られることなので直接的なえっちはよくない。もちろん、精一杯抵抗しても無理矢理されてしまうのはとても興奮するのだけれど。
「あの、とにかく諦めてください!」
「まあまあそう言わずに」
「ね? きっと楽しいからさ」
とうとう男たちの手がミーナの身体に触れた時、
「うちの妹に何してる?」
黒シャツに黒革のベスト、黒いズボンに黒コート、おまけに怜悧な印象の眼鏡をかけた黒髪黒目の男が声に怒りを滲ませながら声をかけてきた。
硬直するナンパ男×2。
「妹?」
「あ、お兄ちゃん」
ミーナが素のトーンで言ったことで彼らは完全に「やっべ」という顔になった。
保護者に来られると盛り下がるのはおそらく万国共通である。ぶっちゃけミーナのテンションも下がった。
「お、お兄様ですか?」
「ああ。お前達、さっさと消えないなら痛い目に遭わせるぞ」
「すいませんでした!」
見た感じ装備のランク的に兄の方が格上。男たちは素直に謝ると一目散に逃げていった。
たぶん、彼らもリアルだと大人しい少年だろう。生身の女の子をほいほいナンパできるならゲームでナンパする必要がない。
それはともかく。
黒すぎる男は溜め息をつくとミーナを見下ろしてきた。
「なにやってんだお前は」
この男、もちろんミーナ──美奈の兄当人である。
「あはは。初めてこっちでナンパされちゃった」
「こっちでって
「制服だけど? 可愛くない?」
くるりと一回転してみせると兄は「駄目だこいつ」とばかりに目頭を押さえた。
「そんな格好してるからナンパされるんじゃないのか」
「えー。普通の格好なのに」
「制服ってのは学生以外にとっては特殊な格好なんだよ……!」
知ってる、と口に出すのは我慢して上目遣いに兄を見上げ、
「ゲームの中でくらいいいじゃない」
しおらしくするふりをして胸を強調する。
「それとも、お兄ちゃんが守ってくれる? ……兄妹だし、別に少しくらい触ってもいいよ? わたしが同意してれば簡単にはアウトにならないんでしょ?」
「っ。大人をからかうんじゃない」
ぽん、と頭に手が置かれ「リアルではやるなよ」と厳命された。
それはもちろん、と頷く。
「怪しい店で服買うのも駄目だぞ」
「大丈夫だよ。知り合いの女の子に作ってもらってるから」
「知り合いの画家に知り合いの職人か。なあその子達を紹介──」
「お兄ちゃんには会わせないもん」
「あ、こら!」
走って逃げたら追いかけてはこなかった。
兄は美奈がゲームを買った日の夜に帰って行ったので同じ家にはいない。母に告げ口される心配はあるものの、その場合は美奈も「お兄ちゃんってばゲームで女の子に鼻の下伸ばしてる」と言えばいい。お互いに黙っていた方が平和なのである。
「でも、お兄ちゃんのあの顔、可愛かったなあ」
兄をからかうのも意外と楽しい。
その日、ミーナに入った経験値は昨日までより多かった。
◇ ◇ ◇
アトリエに戻るとラファエラとリリが揃って作業をしていた。
「うふふ、ミーナを見つけた私は運が良かったわ……♡」
「服を作ればミーナさんが着てくれる……♡ ふふ……っ♡」
「二人とも絶好調だね」
ドアを閉めたミーナは笑顔で服に手をかけた。
服を着ているとラファエラが不機嫌になるが、裸だとリリが寂しそうな顔をする。折衷案として下着姿がデフォルトになった。
リリがレベル上げ用に作る衣装も多くが下着だ。少ない布で作れるわりに経験値が多めで効率が良いし、満足いかなかった品は原価で買い取らせてくれるのでミーナとしても嬉しい。
「ねえ二人共、わたしナンパされちゃった」
「ふーん。制服JKをナンパするとか相手おっさんじゃないの?」
「それは考えなかったなあ」
「私の作った服が皆さんに見てもらえるのは良い事です……!」
ミーナという試着係ができたのでリリのレベルも着実に上がっている。
問題はお金の流れがリリ←ミーナ←ラファエラの一方通行で、実質的に二人がラファエラのヒモだということだ。今の収入だとリリのパトロンとしては心許ない。
「でね。わたし、狩りに挑戦しようと思うの」
「死にたいの?」
(訳:あんたステータスクソ雑魚じゃない)
「是非戦闘用の装備でお願いします」
(訳:私の服を傷つけないでください)
ひどい言われようだった。
「わたしだってレベル上がってきたし、初心者用の敵なら大丈夫……だよね?」
「自信ないんじゃない。まあ、初心者狩場なら実際狩れると思うわ。ボーナスポイントは?」
「自由枠は全部余ってる」
全部振っても大活躍できたりはしない。けれど、まあ今よりは見栄えのする戦闘力になるはずである。お洒落着が使えないと初期装備の武器(細い木の棒)と防具(布の服)しかないが。
「丈夫で可愛くて性能もいい服ってないのかな?」
「そんなの高いに決まってるでしょ」
「いつか自分で作るのが私の夢です。……それで、どういうビルドにするんですか?」
戦闘スタイルをどうするのか、ということだ。
「やっぱり前に立って戦うタイプかなって」
「その心は?」
「ダメージ受けて服がボロボロになったらいいなって」
「実際、酸とか炎喰らうと耐久値がガンガン減るわよ。耐性装備がないなら初期装備にしろって言われるくらい」
初期装備の耐久値は「∞(壊れない)」である。
「じゃあ壊れる防具を買わないとだね……!」
「どこまでも逆を行くわねあんた。……まあ、前衛ってのは悪くないんじゃない? リリ、あんたのステってどんな感じ?」
「
「私はINT>DEX=MND。この三人で組むならリリが射撃、私が攻撃魔法だからやっぱりミーナが前衛だと安定するわ」
ミーナは驚いて口を開けた。
「一緒に来てくれるの……!?」
「私だって一応戦闘できるし。狩りすれば小遣い稼ぎになるじゃない。リリ、あんたも来るでしょ?」
「み、皆さんと一緒なら……素材も見つかるかもしれませんし」
「やったあ!」
戦闘なんてあまり気は進まないが三人一緒なら楽しい作業だ。
にこにこしながら戦闘について調べ始める。一口に前衛と言っても壁役やダメージディーラーなどタイプが複数ある。
「格好いいのはやっぱり剣かなあ」
「バランスは確かにいいけど、火力なら断然斧とかハンマーの方よ」
「槍もいいと思います。あんまり近づかなくて済むので……」
使う武器も含めると選択の幅は無限大と言ってもいい。
初めはオーソドックスに剣を持って
そのうちにふと思いついて、
「あれ? もしかして『攻撃してください』って棒立ちしてる子より、必死に攻撃避けてる子の方がえっちじゃない?」
「ふむ。相手は是非触手かゴブリンでお願いしたいわね」
「タイトな服装やミニスカートが合うと思います」
堅実なチョイスから遠ざかったのに止める人間がいない。
「あ、
実用品を扱う店で短剣二本と旅行用の丈夫な服を購入。ステータスは
軽戦士は「当たらなければどうということはない」スタイルなので防具はそこまで重要視されない。結果的にお金が少し浮いた。
「じゃあ、行きましょうか」
「敵の弱いところにしましょうね……?」
ラファエラはノースリーブのシャツ+ショートパンツにマントを羽織った格好。武器として宝石のついた魔法の杖を持っている。
リリは外出する時羽織っているフード付きコート。武器はクロスボウという機械式の弓矢だ。
三人とも戦闘向きではないのでレベル比だと相当弱い狩場をチョイス。神聖王都にほど近いフィールドの一角で一角ウサギを狩ることに。
「さすがにこの辺りなら楽勝できちゃうんじゃない……!?」
「それならそれでばんばん稼ぎましょ」
調子に乗っていたら時間湧き、徘徊型の強力モンスターである飢えた狼と遭遇してこてんぱんに叩きのめされた。
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