最終話 新しい人生

 4月1日。


 桜舞い散る並木道を山内由衣は走っていた。


「ヤバい!?遅刻だ!!」


 着なれないスーツと履きなれないハイヒール姿で、由衣は必死に入学式会場に向かって走っていく。


 会場の正門にさしかかったところで、中から出てきた40前後の男と肩がぶつかる。


「ああ!!ごめんなさい!!」


 由衣は男に一言そう言って走り去っていった。

 男はそんな由衣の後ろ姿をじっと見つめていた。

 男はぼさぼさの頭に、無精ひげで、くたびれたコートを着ていた。


 しばらくして、もう一人別の男が現れる。

 株式会社New Life 研究開発部部長の奥田だった。

 奥田はその男の横に立ち口を開いた。


「よろしかったのですか?名乗り出なくて......」




 1か月前


「本当によろしいのですか?」


「ああ......」


「ソフトウェアはどう致します?」


「処分してくれ......」


「最終確認ですが、ハードウェアの所有権は当社に譲渡するということで宜しいですね?」


「くどい。好きにしろ!!もっとも、使い道があればの話だがな!!」


「かしこまりました。では、契約を履行させて頂きます」


 奥田はそう言って、その男の体から人格を抜き出した。


「ま、確かにおっしゃる通り......借金1000万の中年男性の人生なんて誰も欲しがりませんよね......」




 再び現在


「今の俺は、借金が1000万ある40歳の中年男です。今の由衣とじゃ釣り合いません」


 奥田の問いに鈴村春樹はそう答えた。


 春樹が由衣に体を返したのとちょうど同じ時期に、事業で失敗して1000万の借金を抱えたある男がNew Lifeに飛び込んできた。

 自殺しようと思ったが、思い切ることができず、New Lifeで人格を抜き出して人生と体を二束三文で売ることにしたのだった。


「これからどうするんです?」


 奥田が心配そうに問いかける。


「まず、なんとかして借金を返済します。それから、なんとかして由衣に釣り合う男になります。あー、IT社長なんかいいかもしれませんね」


 春樹は由衣の書いた嘘の手紙を思い出しながらくすくすと笑った。


「相手は華の女子大生ですよ。そんなことやってる間に恋人ができて、あっという間に結婚しちゃいますよ」


「それならそれでいいですよ。俺は由衣が幸せだったらそれでいいんです」


 春樹は由衣が去っていったほうを見ながら、本当に幸せそうな笑顔でそう言った。


「そうですか。まあ、頑張ってください。それはそうと、今日お伺いした本題なのですが......」


 奥田は鞄から一枚の紙を取り出した。


「契約のときにお約束した“宣伝に使えるユーザーのポジティブな感想”の件です!!あなたからメールで頂いたこの文章ですけど、なんですかこれは!?」


 奥田は怒りあらわに、紙を振り回した。


「ああ、結構いいこと書いてるでしょ」


 春樹はにこにこしてそう言った。


「冗談じゃありません!!これじゃ完全にうちのサービスを否定してます!!」




 人生をやり直したい......

 自分ではない人の人生を歩んでみたい......

 あの人になりたい......

 そんなことを思ったことはありませんか?


 でも、ちょっと待ってください。

 あなたの人生はそんなに悪いものですか?

 受験に落ちたら、もっと勉強してまた受ければいい。

 好きな人にふられたら、自分を磨きなおしてまたアタックすればいい。

 借金があれば、頑張って働いて返済すればいい。


 大丈夫、人生はあるだけで素晴らしいものですよ。




 新しい人生インストールしませんか? 完



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