第12話 対決

「アシェアに渡したその日記みたいな本、あれがわからないように隠してあるのに、ナイフと事典は無造作に箱に入っていて、その上に布を被せてあったの。隠してないのに等しいわ。変よ、変」


 鋭い指摘だ。ショーラの話を聞きながら僕は考えていた。


 僕が犯人なら、血のついた辞典やナイフをどう使うだろう。


 犯行を隠すなら少なくともナイフは血を拭う。服は燃やすだろうし、血のついた事典はどこかに埋めるか。人の名前を書いていない書き留めを、さらに隠された引き出しにしまうほど用心深い性格ならなおさらだ。


 しかし鑑定士のハムエーンさんを殺した時に誰かへ罪を擦りつけようと考えてあったとしたら、僕なら濡れ衣を着せるための道具として残す。


 つまり犯人にとって有効な道具だ。邪魔な人間に濡れ衣を着せるだけでなく、口を開けないよう亡き者にすればさらに一石二鳥だ。そのためには自殺したと見せかける必要があるけど。この状況はそういうことだろうか。


 そうならば首をあえてロープで締めているのもわかる。自殺に見せかけられる首吊りかそれに近いことを考えていたのか。恐らくだが窓から吊すことを考えていたか。


 窓に目をやると隣の建物の壁が見えている。それを見た最初は目撃者がいないだろうと思った。外から見られる可能性が少ないこと。それは犯人にとって二重に好都合なんじゃないか。


 ロープを首に巻いた状態で窓から落とす。部屋を調べれば殺人の証拠となる血のついたナイフが出てくる。思い余っての自殺と考えるかもしれない。


 そして、僕は床に転がるミイラのことを考えた。もしそんな計画を立てながら殺した相手が、殺した途端にミイラになったとしたら。僕なら計画の失敗を思うだろう。そうしたら今度はこの死体をどうにかするしかない。


 なぜここまでやってミイラをそのままにしたのか。


 ……そうか、確か僕たちがミイラを見つけた後、宝石の呪いにショーラがやられて大変な目にあった。

 あの時、ショーラは確か……宝石をまず安全なところに隠そう。それしか考えがなかったと言っていた。

 あのサブマスターは態度が急変したようだし、書き留めにもそう受け取れる事が書いてあった。そこから考えてもやはり間違いない。彼女は呪いを受けていた。宝石の呪いに。


 宝石を拾った場所にも不可思議なミイラがあった。


 草原で死んでいた人はそれほど経っていないのに、動物に荒らされることもなく、ただミイラになっていた。あれが宝石の呪いによるものだったとしたら、サブマスターがミイラになっていることも説明がつく。いやこれは仮説だ。確かめようもない。


 今度はその宝石を犯人が所有したとしたら……。そして宝石を手に入れ、呪いに囚われ錯乱していたら。ここを一度離れた犯人が戻ってくる可能性は?


 その場合……。


「どうやら誰か来たぜ」


 扉の側に立っていたケッタが人の気配を感じたのか、そう言った。僕は顔を上げた。犯人だ。戻ってきた、恐らくは冷静さを取り戻し、ミイラを隠すために。


 僕はケッタに小声で聞いた。


「ケッタ、もし僕が合図したら剣を振るってくれるかい」

「もちろんだ」


 ケッタは何のことが分からない顔をしながら請け負ってくれた。最後の手段だ。宝石の場所次第、だけどこのミイラと同じなら……。


「ショーラ」


「なに?」


「今から来る人が誰なのか、まだ分からないけど、このサブマスターを殺した犯人の可能性がある。その人の部屋がどこなのか調べて欲しい。そしてその部屋に隠された品……帳簿とかないか探しに行ってくれないか?」


「それくらいお安い御用よ。隠れていた方がいい?」


 僕が頷くと、ショーラは隠密スキルを使って消えていった。近くにいるだろうけど。


 ガチャリと音がしてドアが開いた。そこから大きな袋を持った人が入ってきた。女の人だ。ギルドの制服に、手袋を嵌めている。長身で人の上に立つ凄みを感じる人だ。


「ギルドマスターじゃないか。どうしたんだい、こんな所に袋を持って」


 アニードが言った。ギルドマスターと呼ばれたその女、確かジュヌーンといった。そのジュヌーンは、一瞬動きを止めた。そして部屋を見回し、アニードを見た。


「あぁ、憲兵さん、確かアニードさんですわね。貴方達こそどうしてこんな所にいらっしゃるのかしら。三階は関係者しか入れないわよ。それにここはサブマスターの執務室のはずです」


 僕達に驚くどころか威厳すら感じさせる態度だ。


「いやなに、大変な出来事がありましてね。捜査をしています」


「許可も得ずにこんな所にいらして、捜査ですって。横暴をすると自分に跳ね返りますわよ。それでどんな出来事があったのですか」


「貴女からも見えるでしょう。ミイラです。立派な殺人事件ですよ」


 ジュヌーンはミイラを一瞥した。何も感じないのか、すぐに目をアニードに戻して口を開いた。


「ミイラが転がっていることが殺人ですって? 面白いことをおっしゃいますわね。ミイラがどうやってできるかご存知ですか。こんないつ死んだかも分からない死体を殺人事件とは、憲兵さんもお暇なことですこと」


 手袋を嵌めた右手を口に当ててジュヌーンはオホホと笑った。そして真顔に戻るとこう言った。


「どちらにしても不法侵入ですわ。お引き取り願えるかしら。それとも人は死ぬとミイラに変身するなんて言い出すんじゃありませんよね」


 有無を言わさない口調だが、意図は見え見えだ。


 アニードは僕をチラリと見た。僕の出番だ。


「そのとおりです。あのミイラは死んで半日と経っていない。首を絞められて殺されている。そして体内の魔力が水と一緒に全て抜けたんだ」


 口を挟んだ。ジュヌーンは僕を初めて気がついたように見た。


 僕はジュヌーンの体を観察する。どこか別の場所に隠しているわけじゃなく、体のどこかに隠しているとしたら。怪しいのはやはりあそこか。


「面白いことをおっしゃる坊やがいること。憲兵さんの悪い所が移ったんですわね。人間がどうしてミイラになるのかしら、教えていただけないかしら」


 ジュヌーンが左手だけを後ろに隠していた。そして手袋の下の不自然な膨らみ。間違いない。


「ケッタ、左手首を切り落として!」


 僕は叫んだ。予想が間違っていたら癒やしの呪文でくっつけよう。そんな事を考える間にケッタが目にとまらぬ速さで回り込み、ジュヌーンの左手首だけを切り落としていた。


 ボトッと音がして手首が床に落ちる。ギルドマスターは左うでを押さえて蹲った。


 僕はすぐに癒やしの呪文を発動した。


「解放! 癒やしの聖霊アナヴィオスィ!」


 癒やしの光はジュヌーンの左うでに吸い込まれ、吹き出そうになっていた血が止まった。

 そして癒やされた腕と対極するように、落とされた手首がミイラに変わっていった。まるで空気の抜ける空っぽの袋のように……。


「な、何て!」


 ジュヌーンは左腕を右手で押さえ、僕を睨み付けた。その目が徐々に虚ろになっているのが見えた。僕はそれに取り合わず言葉を続けることにした。


「見たとおりです。ミイラがすぐにできました。……貴女はつい先ほどサブマスターのナキホクロンさんを殺した。その時に見ているはずです。人がミイラになるところを……」


 僕はミイラになった手首を持ち上げ、中から零れ落ちた赤い宝石をつまみ上げ素早く手の平で包み込み隠した。これは恐らく女の人限定の呪いなのだ。魔力を対価に精神に働きかけ自信を持たせる。反対に所有欲を刺激し、持ち主に過剰な執着心を抱かせる。僕達が見つけたときに魔法文字の書かれた紙に包まれていたのは宝石を見ることでその魅力に囚われるからだろう。


 本当の呪いは死ぬときに発現する。死んでなお魔力を吸い上げる宝石は、人をミイラにしてしまう。


 僕はジュヌーンを見つめた。そこにいるのは呪いの魔法から解放され、茫然自失となった抜け殻だった。


「アシェの言っていたのはこれじゃない?」


 ショーラが部屋に飛び込んできた。隠密スキルは解いていた。手には帳簿のような紙の束を持っている。


「それを見せてみろ」


 アニードさんは現実的な方を見ることにしたようだ。ショーラに手を伸ばし帳簿を受け取るとペラペラと捲りだした。


「おっ、あったぞ。あぁ見覚えのある名前が並んでいるな。……さて、ジュヌーンさん。詰め所でいろいろと聞かせて頂きますよ」


 アニードがジュヌーンの肩に手を掛け、この事件は僕達の手を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る