第11話 捜索

「いたんだ」


 アシェアが言うとショーラはニッコリ微笑んだ。


「三人とも、私がおかしくなったら頼むわね」


 そして手をニギニギしながら今度はニマニマと笑った。そして机から物色を始めた。

 ショーラがまた宝石の呪いにやられたら。今度は三人で飛びかかるしかないな。アシェアはそんな事を思いながら部屋を見渡した。


 サブマスターの執務室だけあって広い部屋だ。客の対応や簡単な打ち合わせもここでするのだろうか、部屋の主用の大きな机の他に、応接セットがある。茶器の置かれたワゴンがあり、衝立もある。


 部屋に大きい窓はある。だけど、窓の向こうに見える建物は壁だった。外からの目撃者はないだろう。


 衝立の向こうには棚があり荷物が置かれているようだ。サブマスターの私物があるのだろうか。

 執務机以外に何かあるとしたら衝立の向こうか。


 アシェアはそう考え、そちらに向かった。ところが。


「アシェはこれを見て。ここは私が見るから」


 ショーラが何かの本を渡してきた。


「あ、えっ。なんで」


 ショーラが女の子のものがあったら大変でしょ。とアシェアを睨んだ。そうか。ケッタが扉の装飾と同化しているのを横目で見ながら応接用の椅子に座り、本を開いた。

 日記ではない、何か重要な書き留めか。アシェアは書き留めの後ろの方を開いた。どんな内容なのか目に留まったところだけ流し読む。


『……贋作の話が最近多い。そして贋作だと聞いたものは、うちのギルドで本物を預かったことがあるものばかりだ。まさかと思うが、うちのギルドで誰かが贋作作りに手を貸しているとしたら。調べるべきだろうか。口が固くて信用できる人を探さなくては……』

『……あの人が関わっているのは間違いない。大勢を巻き込みながら秘密裏にこんなことができるとは……』

『……部屋に忍び込めないだろうか。恐らく証拠となる帳簿があるはず……』

『……誰にも知られたくない。素晴らしい力……』


 アシェアは本から顔を上げ、ショーラに聞いた。これはかなり重要な情報だ。しっかりと読む必要がある。


「ショーラ、これはどこで見つけたんだい」


「机の引き出しに仕掛けがあって、その奥にあったわ。いわゆる秘密の引き出しね。きっと襲った人も探せなかったと思うわ。私だから見つけれたのよ」


 なんだか得意満面に言われた。ショーラの本領発揮であるからして、言っていることは確かだ。


「そんなことよりもよ、これを見て。ほら」


 ショーラが血まみれのナイフを掲げた。いや血は固まっている。と言うことは、鑑定士のハムエーンさんを刺したナイフだろうか。かなり大型のナイフだ。ボー・サンナーンさんのナイフなら貫通の魔法付与エンチャントがされているはず。


「おい、それちょっと見せてみろ」


 アニードが手を出した。アニードはナイフを手に取り、血の付き具合を確認しだした。


「他にもあるわよ。ほら」


 ショーラは辞典を出してきた。何でもないように本を床に置いたが、開かれたページは血がべったりと付いている。不気味だ。血まみれの本なんて、それこそ呪われそうだ。


「それも見せてみろ」


 アニードは今度は辞典を持って血を確認している。見ると背表紙の片方に穴が空いている。血の付いたページにも穴があった。


「確かに。決定的な証拠だな。血のついたナイフ、血のついた辞典、そんなもの犯人しか持っていない。そうか、服に返り血が付いても、個室があるなら俺達が来る前に着替えることが可能だ。くそっ。まさかあんな美人が」


 アニードは未だ床に横たわるミイラを横目で見た。美人は関係ないだろうな。アシェアはそう思ったが黙っていた。


「アニードさん、その本の穴とナイフはあっているんじゃありませんか」


「そうか、ちょっとこの辞典を持ってくれ」


 アニードはナイフを持つと、アシェアが両手に持った分厚い本の背表紙に当てた。ピッタリと合う。そして辞典から飛び出した刃は人を刺し殺すのに充分だ。


「確かに合うな。本さら刺したのか?」


「鑑定士のハムエーンが殺された時の想像ですが。まず、ハムエーンさんは座って鑑定していた。そこに犯人が声をかけた。本のどこかのページを見せてくれとか言ったのでしょうか。本は片手で持てる大きさではないですから、ハムエーンさんは両手で持って立ち上がった。ハムエーンさんは殺意に気が付いていたとしても本を盾にすれば滅多なことはないと思ったのかも知れません。しかしハムエーンさんの予想は外れ、本を貫くようにハムエーンさんを刺した。そう考えて良さそうですね。普通のナイフなら本ごと人を刺し殺すなんてできませんが」


「このナイフ、貫通の効果が付与エンチャントされていると言っていたな。ちょっと試してみるか」


 アニードはそばにあった茶器が置かれたワゴンに歩み寄ると、ナイフを突き立てた。ワゴンの分厚い板を簡単に突き抜けナイフが刺さった。


「こりゃすごい。一級品だな。大して力も要らなかったぜ。こりゃどうやら決まりだな」


 アニードの中で鑑定士殺しはこのナキホクロンのようだ。


「返り血も本が間にあればそれを盾にできる。浴びる血も少ないでしょう。誰にも見つからずこの部屋に戻れたのかも知れません。本も閉じてしまえば血が目立たない」


 アシェアは本を閉じる。すると穴が空いている以外は普通の本に見える。横から見れば血は見えるが持ち方によってはそれも分からないだろう。


「なるほどな、十分あり得る。それなりの返り血を浴びた前提で犯人を捜していたが、間違いだったか」

 アニードが納得顔で言った。


 しかしアシェアは簡単に決まりすぎているなと感じていた。


 書き留めに書かれていたところを見ると、ナキホクロンは贋作の犯人達を捜すために協力者を探していた。

 しかし書き留めには人の名前は書いていない。万が一を考えて書かずにいたのだろう。宝石の呪いがその全てを台無しにしてしまったのか。せめても贋作の件は解決しよう。


「おかしいわ」


 その時、ショーラが首を捻った。

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