第10話 追いつめられた死体

 アシェアとアニードがギルドにたどり着いたとき、ケッタは入口で交渉をしていた。ショーラの姿は見えない。


「だから急ぐから早く入れてくれ」


「ご予約がないのであればまず身分証の提示をお願いします。それからここにあなたの名前と保証人の名前も書いてください」


 門番代わりの職員に止められていた。前もそうだったから中に入ってしまえば自由に歩けるはずだ。もともと入口の警備はしっかりしていた。殺人が起こった後だからか以前より警備が強化されている。

 アニードは警備のギルド職員に近づき、交渉を始めた。


「憲兵のアニードだ。こいつらは俺が雇っている。緊急事態だから入らせて貰うぞ」


 アニードが憲兵バッチを見せて職員を黙らせた。交渉ではなく強権発動だった。


「サブマスターの部屋はどっちだ」


 アニードは職員に詰め寄った。


「さ、三階の奥です」


 引きつった顔の職員を半ば脅すように部屋を聞き出したアニードと二人は中に入った。

 ギルドは静かで話し声が聞こえる程度だった。興奮状態にあったアニードは冷静さを取り戻して立ち止まり、ケッタとアシェアを見た。


「急ぐぞ」


 小声でアニードは二人に言うと急ぎ足で歩き出した。


 廊下を進み階段を登る、二階は事務室だった。場違いな雰囲気を感じたか職員が何事かとアニード達をみている。


 その視線を無視して廊下を進み、奥にある階段をそっと駆け上がると、扉の前で立ち止まる。三階には役職付きの執務室と賓客用の応接室が幾つかあるようだ。


『サブマスター執務室』


 アニードは確認する。一瞬ためらい、そこを開けた。

 静かだった。アニードが執務室に首を入れて覗き込むと人の気配はなかった。生きている人の気配は。


「うっ」


 アニードが喉の奥で呻いた。その後ろでケッタも顔をしかめている。アシェアも部屋を覗き込んだ。

 鑑定ギルドの黒い制服が見える。そして黒く長い髪の毛が服の内側の何かにかかっていた。


 アシェアはゴクリとつばを飲み込んだ。


 僅かな隙間からシワの寄った皮が覗いていた、それは元人間であったはずのもの。今はただの死体。


 三人は中に入るとミイラのような死体を取り囲んだ。


「ちょっと、あんたたちサブマスターに何の用ですか、ご予約もなく来られるなんて」

 追いかけてきたらしい太ったおばさんなギルド職員の声が聞こえた。


「見るな!」

 振り返ったケッタが言ったが遅かった。すでに中にいた、目を見開いている。


「きゃぁ……」


 死体を見てしまったそのギルド職員は腰が抜けたのか崩れ落ち、微かな悲鳴を上げて倒れた。そのドサッという音がやけに大きく響いた。そのギルド職員はそのまま気絶したのか静かになった。


 アニードはその事には構わず部屋の中を見回した。そしてミイラに目を戻すとそれを凝視した。


「スリーサイズが分からなくなっちまったな」


 アニードが死体を見ながら呟いた。


「今さら気になるのか? 冒険中でもこんな死体は見たことない。いやこないだ見たか」


 ケッタが死体から目を離さず言った。


「まぁとりあえず何があったのか、調べないとな。それにこのミイラがナキホクロンなのか確かめないといけない。とはいえ、まぁ間違いないだろう。この黒髪に髪飾り。覚えがある。アシェア、この死体どう思う?」


 アニードが死体を見下ろして言った。


 アシェアは死体の前に跪き、髪をかき上げた。虚ろな目は最後に何を見たんだろう。口を大きく開き、驚愕しているようにも見える。もしかしたら自分がミイラ化しても意識があったのか。もしそうなら生きながらミイラ化した事になる。


 視線を首に落とすと痕が付いているのが見える。喉を掻きむしったのか。幾本も縦スジがある。そして真っ直ぐな横スジがあった。


 他に何かないか。アシェアはミイラの両手を見た。右の手に窪みがある。丸い奇妙な窪みだ。両手の指は赤くなっていた。


 足は特に何もない。ただ枯れ枝のようでポッキリと折れそうだ。靴は脱げていた。


 ギルドの制服にポケットらしいものはなかった。見た限り宝石は持っていないようだ。どこかに隠してあるのか。


「これは荒らされているな」


 アニードは周囲の状況を見ていた。床に書類が落ち、鑑定品を入れるであろうトレイや手袋が落ちている。コップは床に落ちて割れていた。


「アニードさん、恐らくですが死んでからミイラ化していますね」

 アシェアが言った。


「何故分かる?」


「首の痕から見てロープを使って絞殺されています。そして抵抗しようとした様子がある。手で喉を掻きむしったのでしょう。指が赤く染まっています。この人自身の血ではないでしょうか」


「おいおい、殺されてるのかよ。……あぁ確かに首を絞められた跡だな。掻きむしっているのが分かる。ミイラになってから掻きむしるのは難しいよな。ん? この手のひらの窪みはなんだ? 気になるな」


「確かに手のひらの不自然な窪みは気になります、何なんでしょう」


 アシェアはアニードの見解と一致したことで、確信を持った。


「手のことはここの職員に聞いてみるか。さて、これがナキホクロンだとして、前に会ったときは……手袋をしていたな。この手を隠していたか?」


「鑑定士としての仕事中なら普通にしていそうですが。気になるのはミイラ化の理由ですね。魔法的な力でないとミイラ化なんて無理でしょう。最後にナキホクロンさんが目撃されたのはいつだったのでしょうか。絞殺とミイラ化に関係があるのかな?」


「ケッタ、そこの気絶したギルド職員をここの応接椅子に寝かせてやってくれ」


 アニードに言われ、ケッタが気絶したギルド職員を応接椅子に寝かせた。アニードはそれを見ると個室のドアをそっと閉めた。


「ギルドの奴らに伝える前に気になる物がないか調べちまおう。少なくとも絞殺は内部犯の可能性が高い。今のうちに調べられるだけ調べよう」


「任せて」


 何もないところからショーラの声が聞こえた。見ると、そこから人がにじみ出てきた。ショーラだ。隠密スキルを解除したのだ。


「こういうのは得意なんだから」


 ショーラは周りが呆れる中、腕まくりしてそう言った。

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