第8話 可笑しな貴族
ナイフを鑑定に出した依頼人は情報通を自認するアニードによると貴族の三男坊である。憲兵や冒険者と聞いて素直に会ってくれるだろうか。封建社会で上と下、いや中と下くらいである。アニードは気にせず向かっているが、アシェア達は心配だった。
「三男坊なら貴族というより庶民に近い暮らしだろ。心配不要だ」
屋敷は中心部にアクセスのいいところではなく、少し町外れにあった。貴族や金持ちの家としては町外れ程度だか。庶民感覚からすれば一等地である。
「ここ、か?」
明らかにお屋敷だった。高い塀に阻まれているが、屋敷も庭も小さい町ならすっぽり入るだろう。
いわゆる金持ち貴族だった。
「話が違わねぇか。三男坊なら庶民に毛が生えたくらいだろ」
アニードが偏見を述べるが事実は目の前にある。
これまた立派な門の前に立つ門番にダメもとで取り次ぎを依頼すると、会ってくれるという。四人は顔を見合わせた。むしろ門番が嬉しそうなのが気になる。
拒否されるか、面会の予約をしろとか言い出されていつまでも会ってもらえないと思ったからだが、すぐに準備をするから応接室で待てという。
アシェア達四人には願ったりである。
出迎えに来てくれた執事に案内されて中に入るとこれまた広い部屋に通された。応接室か。貴族の応接室に入るなどこれまで経験が無かったアシェア達三人は辺りを見回し、やれ壁には絵が飾られているだ、あちこちに彫像が立っているだとヒソヒソと話し出した。とはいえアシェア達にはさっぱり価値など分からない。
アニードはと言うと豪勢で繊細な細工の施された机のそばにある、机に負けじと細かな細工と革張りで心地の良さが見た目で分かる椅子に座り、世話係であろうメイドに強いお酒はないかと聞いている。つまりはくつろいでいた。
その時である。
ドアがバンッと勢いよく開いたかと思うと、小太りで丸い顔に髪の毛と髭が申し訳程度に乗っかっているが顰め面をすると威厳のありそうな顔が入ってきた。
アシェアは周りの様子を見た。執事やメイドが後ろに控えているところから見て、件の貴族であること明白であった。
貴族は足早に歩いてくると、コケた。
両手を広げて見事な転がりである。
……しばらく静かだった。貴族は黙って立ち上がると部屋の中央までやってきた。
四人はお辞儀をして出迎えた。失礼なことをして機嫌を損ねられてもいいことなどない。
その貴族はムッツリと黙ったままだった。些末なことに時間など掛けていられないということか。ではなぜ会う気になったのだろう。
四人は緊張の顔をした。素直にナイフのことを教えて貰えるだろうか。家に招き入れてくれたのだからと安直にも期待もしていた。
それは誤りだったのだろうか。
「いやいやいやいやいや、お待たせしました。呼びました? 呼んでない? どっちなんでしょう。がははははっ」
貴族は相好を崩した。
四人は呆気にとられるのを我慢した。そしてアシェアは瞬時に諦めた。いや諦めるのはまだ早い。
「そうそうそう、私に御用なんですってね、じゃあ、やっぱり呼んでいるんじゃありませんか。早く言ってくれればいつでもお会いしますのに、あぁ会ってますからいいですよね。それでご用件は何でしょう。あっ当ててみましょうか」
体全体を揺すりその振動で話しているんじゃないか。アシェアはその貴族を見つめていた。
「いやその前に、前にですぞ。前向いて行進! なんってね。そうだそうだ、お客様にお茶をお出ししなければ。最近はお茶を入れるのに凝っていましてな。おちゃーこぅっちゃーってね。お茶係が淹れたものには適いませんが私もなかなかのものなんですぞ」
そう言っているうちに貴族の横にはお茶セットがワゴンに用意され、予定されていたようにお湯も沸いている。
アシェアは口を開けてポカンとしていることに気づき、慌てて口を閉じた。ケッタもショーラもアニードすら動けないでいる。
貴族はワゴンから茶器を出すとお茶を入れだした。時折、あちゃーだ何だと呟いている。すぐにいい香りが漂い始め、ようやく四人は動き出した。メイドに言われるまま席に着く。どうやらメイド達は平常運転中らしい。それとも抜群に優秀な執事とメイド達なのだろうか。
丸い体を揺すりながら途中までお茶を淹れると貴族は後をメイドに任せた。
貴族は席に座った。と見せかけて椅子がないところに腰掛けて転がった。見事な後転だ。
「プッ」
ショーラが笑いそうなのを堪えている。それを見た貴族はニヤッと笑い、椅子に今度こそ腰掛けた。と見せかけてまた転んだ。
今度は誰も笑わなかった。
貴族は椅子に座ると途端に顰め面になった。
「して、面白さが分からない不幸な君達はどんな要件できたのかね」
貴族はそう言って、ティーカップに手を伸ばした。
「うわっちぃ」
熱そうに手をブラブラさせている。そして顔を上げた。丸い顔にあるつぶらな瞳が四人を見ていた。
貴族は立ち直りも早かった。手を握りしめている。
「分かりましたぞ、私の美術品を褒め称えに来たのですな。いやいやいやいやいや嘘はいけません。貴方たちの眼に書いてありますから。眼には書けないだろって言って欲しいところですが、それは真実ですから。私がご案内いたしましょう。ここにかかっているのが私の自画像です」
指を指した先には風景画があった。どういう事? アシェアの思考が追いつかない。他の三人は呆然としている。
「そしてこれが私の自画像です」
他の絵を指さして同じことを言っている。誰も追いつけなくなっていた。見回すと執事もメイドも淡々と茶器を片付けている。平常運転だ。助けてもらえない。
門番が嬉しそうだったこと、すぐに貴族が会ってくれたこと、執事とメイドが関わろうとせず淡々と仕事をしていること。……なるほど。困った貴族だった。
一時間と十五分、四人は付き合った。そしてアシェアはついに気がついた。
「これはナイフのことを聞くの無理なのでは」
貴族が目を離した隙に三人を置いてアシェアは抜け出した。三人の恨めしそうな顔が追いかけてきたが、アシェアは振り切った。
ごめんみんな。アシェアは心の中で謝りながら執事の元に歩み寄った。
「すみません。お伺いしたいことがあります」
「アシェア様、どのようなことでございましょう」
執事さんは貴族と三人の様子を眺めながら待機していたが、アシェアが近づくと嫌な顔もなく答えてくれた。いい人だった。
「少し前に鑑定ギルドにナイフを鑑定に出されているかと思います。そのことでお伺いしたいのですが」
執事さんはにっこりと微笑み口を開いた。
「ナイフですか……鑑定に……そうですか、事件のことを調べておいでなのですね。あれは物置に眠っていたものです。旦那様が鑑定に出していたものですな」
執事さんはそこで言葉を止め、目を細めると、はしゃいでいる貴族を見つめた。まるで子供の親のように。
「旦那様は久方ぶりの新しいお客様に興奮なさっていらっしゃるのです。ご当主としての重圧とお勤めのささやかな息抜き。それにお付き合いいただける方は最近いなくなりました。その、少々度が過ぎるので。私も嬉しゅうございます。お礼ではございませんが、なんなりとご質問ください」
アシェアは何かと心配になったが、疑問を口にした。
「ご当主ですか。私の聞いた話と少し異なりますが」
執事に問いかける。執事は微笑んだ。
「みなさん勘違いなされているのですが、旦那様の家系は先祖代々サンナーンであります。そう、由緒ある家柄なのでございます。あの方はボー・サンナーン様。サンナーン家のご当主様です」
アシェアは異世界に迷い込んだのだろうか。強いめまいとはこのことか。ここまで引っ張っておきながら言っている意味がわからない。分かりたくない。
アシェアが目を回していると執事は話を変えた。
「鑑定に出したナイフのことをお知りになりたいのでしたね。あれは貫通の効果が
執事はそう言って貴族の方を見た。アシェアもつられて見たが、三人を相手にふざけているようにしか見えない。そうなのか心を痛めているのか。
「旦那様はナイフに限らず様々なものを鑑定に出しておいでです。何故かと申しますと、謝りに来られたナキホクロン様は旦那様のお気に入りの鑑定士でございます。彼女は少々気が弱い方ですが、優しい方でして、来られるたびに旦那様のお話を長時間聞いてくださいます」
アシェアは引っかかった。
違和感があった。僅かな違和感だ。そうだ、アニードから聞いた印象ではサブマスターは威丈高で威厳のある雰囲気と言っていた。
「ナキホクロンさんは気が弱くて優しい方なのですね」
重ねて聞いてみた。
「はい。わたくしはあの方が新人の鑑定士の頃から存じております。おどおどとされていますが、旦那様のお話を真剣にお聞きになり、笑ってくださる方です。旦那様はそこがお気に入りなのでしょう。さすがに先日は事が事だけに違いましたが。はて、どんな風に違ったかですと? そうですね、何というか、威厳がございました。あの方の本来の顔とは思えませんが、虚勢を張っておいでなのでしょうか。余りの違いにまさか別人かと思ったほどです」
アシェアの中に仮説ができた。
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