第7話 危険なお宝

「そんな事があったか」


 アニードはケッタの話を聞いて頷き、ケッタを見つめた。お前は女に苦労するタイプだな、という同情の視線だ。

 ケッタはアニードを見て何やら悟ったらしく、残念な顔をした。通じ合うものがあるらしい。


「後悔していても始まらないよ。あの宝石が災いをもたらしているのなら、早く対処しないと」


 アシェアはそう言うと目を閉じ腕組みをして考え出した。


「対処と言ってもな、盗まれた先が分からねぇ。犯人が隠し持っている可能性は高いだろうがな」


 アニードも困った顔になった。


「あの宝石は危ないわ。アシェとケッタには分からないかもしれないけど、欲しいって衝動が襲ってくる」


 ショーラが腕を抱えるようにイヤイヤした。


「俺とアシェはそんなことなかったけどな」


「殺された鑑定士もそんな感じはなかったわ。アシェの魔法で落ち着いていたのもあると思うけど。鑑定してたあの時、私は一瞬やばかったもん」


「お宝好きにだけ反応する宝石なんてな、怖すぎるぜ」


「ねぇケッタ。私のことどう思ってるの? 欲しがるだけの女だと?」


 ショーラがその緑色の髪を揺らしながらケッタの方を見た。髪の隙間から茶色の目がケッタを覗いている。


「えっ、あっ、そ、そ。お、お、俺はショーラのことす、す、すごくお、お宝に真っ直ぐだ、だと思うよ」


 ショーラの発言になぜか必要以上にどもりながら答えた。顔が赤くなっている。

 アニードはその様子をニマニマしながら見つめていた。


「若いって素晴らしいな。俺みたいに大人な恋愛に慣れちまうとそうはいかないからな」


「何言ってるの」

 ショーラはハテナ顔をしていた。


 回りの騒ぎなど関せず考えに集中していたアシェアが目を開いた。顔だけをショーラに向けて聞いた。


「ショーラ、あの宝石を持っていた時、僕らを殺してでも手放さないって思ったかい」


 ショーラはその時のことを思い返していた。


「あの宝石を見た時ね。はっきり覚えているわ。衝動的に欲しいって手が出て、気がついたら抱えていたわ。手にした後は奪われたくないって思ったし。まずは逃げて安全な所に隠そうって思ったわ」


「あんなに俺を牽制していたのにか。いつナイフが飛んでくるか気が気じゃなかったぜ」


 ケッタが呆れた顔で言うが、アシェアはそうか、そういう事かと頷いた。


「その状況と鑑定ギルドの殺人現場の話が合わない」


「どういうことだ」


「ショーラは所有欲が刺激された。ギルドでは殺意が先だ」


「さっぱり分からないぜ。アシェ、わかるように教えてくれ」


 アシェアは三人を交互に見るとうなづき、説明を始めた。


「ショーラは宝石を見た途端、衝動的に宝石を奪った。殺してから奪おうなんて思わなかった。だけどギルドの事件では殺してから宝石を奪っている」


 それを聞いてもケッタもショーラもまるでわかっていなかった。アニードは分かったような分かっていない顔だ。紐でも繋がっているかのように揃って首をかしげている。


「アニードさんの話からすると被害者の鑑定士と犯人は争ってなかったように思う。机の上は整然としていたらしいし、そもそも争った跡があったらアニードさんが見逃すと思えない。つまり犯人は被害者に気づかれないよう、そっと部屋に入り、冷静に棚にあったナイフを手に取り、被害者を一突きにしたということになる」


 アシェアはショーラのように宝石を見た事で事件が起きたらどうなるかと続けた。


「部屋にきた犯人がたまたま見た宝石の呪いにやられたのなら、まず宝石を手に取ろうとする。当然として被害者は奪い返そうとする。その時点で部屋が綺麗なままとは思えない。そこから棚にあったという刃物を手に取って人を刺すなんて、状況と全く合わない」


 話が飲み込めてきたアニードは聞いた。


「するとよ。犯人は被害者を殺そうって最初から考えていて、宝石はおまけってことか」


「だと思う。外の人間が単に高値な品を強奪するのが目的なら他にも盗んでいくだろうし、わざわざ正体不明な呪いの宝石を狙ったように持ち去らないよ。だからあの被害者を殺すつもりでいて、だけど突発的な犯行に見えるように、そこにあったナイフを使った。そして宝石を持ち去ったんだ」


 ケッタとショーラはさすがはアシェアと思った。だけどアニードはまだ納得していなかった。


「動機が怨恨で物盗りでないなら犯人が絞りやすくなる。ギルドの個室で殺すための準備や計画ができる人間は少ないはずだ……だがな、ギルドの職員からそれらしい痕跡はなかった。それとも見事に騙されちまったか」


 ううむとアニードは唸った。


 アシェアはまた何やら考える目つきになった。考えがまとまる前にケッタが疑問を口にした。


「アニードさんは他に辞典が無くなっていたって言ってたな。あれはどういう事なんだろう?」


「うぅん。分からない。まだ何かあるのか、動機に繋がるのか」


 アシェアとアニードはまた考え始めてしまった。そんな様子にイライラ顔のショーラが言った。


「もう、アシェもケッタも考えていても仕方ないでしょ。まずは行動あるのみよ。行きましょ。それに宝石の行方が心配だわ。あれはとても怖いの。私にはよく分かるわ」


 ショーラは憂いを顔に出し、首を振った。


 ケッタにもアシェアにも気持ちが分かった。あの時のショーラは手が付けられなかった。


「よし、俺はナイフを鑑定に出した人から当たっていこう。お前達も一緒に来るか」


 アニードは手をたたき、立ち上がった。


「うん、まずは情報収集だね」


 三人は頷いて立ち上がった。

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