第6話 女神と損得
「ミイラだ」
俺が見つけたのは草原に埋もれかかったミイラだった。先頭を行くショーラは気が付かなかったのかどんどん進んでいる。
「ショーラ、ちょっと待ってくれ。変な死体がある」
俺は先に進んでいくショーラを呼び止めた。ショーラは俺の方を振り返ると、戻ってきた。怪訝そうなその顔も素敵だ。
「ケッタ、どうしたの」
「ほら、そこに転がっているの、ミイラじゃないか?」
「わっほんとだ。道に迷ったのかな」
ショーラの感想はもっともだ。ここは迷いの森を抜けた先にある草原で、しかも道らしいものはない。人が通ってないのだから当然か。あるのは獣道くらい。道に迷って遭難して挙げ句に死んでしまった。あり得る。実際このミイラはそんなとこだろう。
「身元が分かるもの。冒険者タグとか持ってないかな」
ショーラがミイラの服や荷物を探り出した。俺達は冒険者だ。行き倒れた人がいれば、身元が分かるものを持ち帰るのがマナーだ。遺族が捜している場合もあるから。
後ろからアシェが覗き込んでいる。
「草原でもミイラができるのか。しかし服とかはそこまで古くない。うーん。分からない」
アシェが何か言っているが、俺には言ってる事がよく分からない。あれこれ考えるのは俺の仕事じゃない。
アシェがミイラに手をかざした。何かやるつもりなのかと思って見ていたが何も起こらない。
「魔力が殆どない。ゾンビ化の心配は無さそうだけど……」
何か調べていたらしい。後で聞いたら魔力を通して死体の状態を調べていたんだと。魔力が多く残るとゾンビ化しやすいらしい。
「だけど何? アシェ、なんか気になるの」
「いやなんでもない。いろいろとおかしいけど」
ショーラの問いにも歯切れが悪かった。納得いかないことでもあるのかな。
「まぁ行きましょ。タグは回収したし、やっぱり冒険者だったわ。それも女冒険者よ。ソロだったとしたら珍しいわ」
冒険者タグに身元が書いてあったんだろう。ショーラが道具袋にタグを入れて立ち上がった。冒険中はショーラがリーダーだ。アシェも俺も立ち上がった。
「安全が確保できそうなところに出たら休憩にしましょ。さぁ、行きましょ」
ショーラが元気に歩き出した。俺も歩き出し、何かを蹴り飛ばした。
「ん、これは何だ」
俺は蹴飛ばしたやつを拾った。変な文字が書かれたボロい紙の塊だ。そこのミイラの持ち物かもしれない。
「どうしたの」
先に行ったショーラが振り向いた。
緑の髪が揺れて茶色の目が光っていた。その姿は女神のようだった。
「大したことない、これを蹴り飛ばした。ミイラの持ち物かもね」
俺は拾った物をショーラに見えるようにした。何か分からないものはショーラが担当だ。俺は戦いが専門、他は仲間に任せている。その方が上手くいくことが多いからだ。
「ケッタ、そのお宝よく見せて」
ショーラが俺の手からそれを奪った。勢いのあるその仕草がいつもと何か違うなって思ったんだ。
奪われた時、そのボロい塊のすき間から赤い宝石が輝いて見えた。
俺はその赤いのを見た時、全身の毛が逆立つ感覚を戦闘以外で初めて味わった。何というか、禍々しさで身体中が警告を発したんだ。だから思わず剣の柄に手をかけた。
「ちょっと、どうするつもり」
ショーラが大声で叫んだ。様子がおかしかった。ボロいそれを左手で持ち、右手が腰の短刀に伸びている。
「ショーラ、どうしたよ」
俺は柄に手を当てていたことに気づいて、慌てて手を離した。知らない間に俺が戦闘モードになっていたようだ。ショーラがびっくりするのも無理はない。
ショーラに謝ろうとしたんだ。
でも違った。
「奪おうってんなら容赦しないよ」
おいおいショーラ、目がマジだぜ。どうしちまったんだ。短剣に手を添えたまま後ずさるショーラを見てどうしたらいいかわかんなくなっちまった。
「ケッタ! ショーラが手に持っているのが怪しい」
アシェの声にハッとした。そうだ、何かおかしい。
「ショーラを抑えて。僕が鎮静の魔法を掛ける」
俺はショーラを捕獲対象として構えた。
「ショーラ、そのボロい塊から手を離せ」
ダメで元々だ。俺はショーラをけん制しながら声をかけた。
「ダメもと? 冗談じゃないわ。これは私の物よ」
読まれてる。やけに冷静じゃないか。あぁ俺が冷静じゃない。
どうしよう。正面からだと怪我をさせちまう。手加減して俺が怪我したくないしな。アシェ、早くしてくれよ。
「そうだ、ほら、ショーラが食べたがっていたパフェとかいうやつ、帰ったら食べに行こうぜ、奢るからよ」
何でもいい、時間を稼ごう。
「何よそれ、食べ物で釣られるわけ無いでしょ。どうせ釣るなら高級レストランくらいのこといいなさいよ」
「あ、あ、あぁ、高級レストランに行こうぜ。もちろん奢るよ」
「それから服を買い物して道具屋よ、武具屋もいいわね」
「そ、そ、そうだな。それもいい」
もう、早くしろ、破産しちまう。
『……その混濁を吐き出せ、そしてあの者へ』
アシェの声は神様のようだった。ようやく。俺はほっとした。
アシェのとこからショーラに何かが飛んでいった。あれは魔法だ、当たればすぐにショーラは大人しくなるはず。魔法はいつ見ても不思議だ。
「あっ。……
アシェの声は絶望そのものだった。時間稼ぎも限界があるぜ。こんな時に魔法に失敗するなんて。
「アシェー。どうすんだよ」
俺はショーラから目を離さず叫んだ。ショーラはニンマリと笑っている。あぁ、あの感じは消えるやつだ。
ショーラは隠密のスキルを持っている。発動すると見えにくくなる厄介なやつだ。気配を辿れば何とか居場所は分かるが、ショーラのスキルを破る自信が無い。
「ケッタ、魔物だ」
アシェの声は厄介を音にしたようだった。こんの忙しいときに魔物ってなんだよ。
俺はショーラから目を離さず気配を探った。俺も強くなったな。いやそんな事考えてる場合じゃない。
確かに魔物がいる。気配は空だ。こっちに急降下してくる。分は悪いが振り向きざまに叩き落とすか。
ショーラをけん制しながら気配を頼りにタイミングを計る。俺も器用になったものだ。冒険者になりたての頃はこうやって模擬戦をよくやったな。
『解放! 吹き上げよ風精霊アネモス!』
アシェの声は希望そのものだ。確かすぐに魔法をかけられるように普段から溜めているって言ってた。
うん決まった。今回はそれが俺の活躍の場を奪った。
周囲が逆立ちでもしたかのように吹き上がり、俺は飛ばされそうになって踏ん張った。魔物の気配が瞬時に遠ざかる。どこかに吹き飛ばされていったらしい。
そして、ショーラの手からもボロい塊が吹き飛ばされるのが見えた。
「や、やった」
「な、なにが」
ショーラが目をうつろにして呆然としている。両手をあげ、手のひらを見た。やば。
「下を見るな!」
足下を見ようとするのを俺は阻止した。吹き飛ばされたボロい塊は足元に落ちていた。
「ショーラ。大丈夫か。地面を見ないように答えてくれ」
俺の言葉に、ショーラ引き攣った笑顔を見せて頷き。答えた。
「えぇ、大丈夫よ。私、どうしたのかしら」
ショーラの声はいつもの女神だった。正常に戻ったか。よかった。安堵のため息が気持ちいい。
アシェがなんでもない風にショーラに近づき、小袋にボロい塊を入れるのが見えた。それからショーラの前で小袋を振って見せている。
ショーラは何してんのという顔をしている。大丈夫そうだ。
ハッとした顔で俺を見た。目が笑っていた。嫌な悪寒がする。
「そうそう、そうよ。高級レストランの後でブティックで買い物、武具屋で新しいナイフよ。男に二言はないわよね」
ニッコリ笑うショーラの声は悪夢そのものだった。しっかり憶えてるのかよ。
一時の方便と許しちゃくれないのがショーラらしいな。ただ、笑顔が俺には嬉しかった。奢るくらい何てことない。
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