第4話 憲兵の憂鬱
その日は割と平和だったんだ。天気も良くて早目に帰ろうかと真剣に悩んでいたくらいだ。たまにはカカアを労わねえといけねぇなって思ってな。
まぁそう思ってるうちになんのかんのと時間が経っちまったんだが。
同僚の憲兵が詰所に駆け込んできたのは夕方のことだ。俺が日課にしようとつけ始めた日誌をゴミ箱に放り投げた時と同時だった。
鑑定ギルドで殺しがあった。被害者はそこの鑑定士でハムエッグとか言う旨そうな名前の若い男、犯人は不明だ。そんな報告だった。
やれやれ犯人は逃げたか、目撃者次第だなと腰を浮かせ、同僚と一緒に現場へ向かったんだ。その時の俺はどこにでも転がっている殺しの一つだと決め込んでいた。
そうそう難解事件なんぞ起きてたまるか。そうだろ?
「死んだのはうちの職員です。心臓を刺されて死んでいます。言われたとおり部屋には誰も入れさせていません。あと職員を集めてあります」
黒く長い髪に大きな髪飾り、そして小顔に切れ長の眼をしたギルドのサブマスターが俺達を迎えてくれた。バーのカウンターで一人で飲んでいそうな憂いのある美女だ。小柄で出るとこが出てる。ギルドの黒い制服がまたいい。いいぞ。
連れてきた若いのが生唾を飲み込む音がよく聞こえた。
俺の耳か、別にいい方じゃない。盛大に飲み込むほどの美女だったってことだ。
若いのには悪いが、こういうのは俺みたいな人生の苦いところを知っている大人でないと釣り合わねぇ。生唾を飲み込むなんてヘマなどしないからな。
「無くなっているものがないか、今確認しています」
迅速でしっかりした対応がありがたい、サブマスターにしておくには惜しいほどの威厳も兼ね備えている。天が二物を与えたんだろう。
そう言って褒めたついでにスリーサイズを教えてくれないかと聞いたが、そっちは簡単にはいかなかった。
俺は痛む頬をさすりながら事情聴取を後にして現場に足を踏み入れた。状況が分かれば事情聴取も二度手間にならねぇ。時間は有限だからな。
現場は依頼品を鑑定するための小部屋らしい。書物で調べながら該当する代物を捜すとかするらしいな。壁にでかい辞典がずらっと並んでいた。
床は被害者の血で赤くなっていた。ただ、一部だけ血痕がない。恐らくだが犯人は返り血を浴びている。
机の上には仕事道具とか書類が整然と並べられていた。他で目に付いたのは紙屑だ。机の中央に恭しく置かれたトレイの上になぜかあった。
部屋の中を見渡しても誰かが暴れた様子はない。
被害者は床でうつ伏せになっていた。血が抜けすぎて死んだんだろう。
うちの若いのに魔法反応がないか調べさせている間に俺は被害者をひっくり返した。刃物がなかった。被害者は目を見開いていて、手は喘いだのか汚れてた、刺されても少しは息があったと思われる。
刃物はその部屋になかった。周辺に落ちていなければ持ち去っている。当たり前か。
その時だな、後ろから声をかけられた。
「鑑定士でガンジーと言います」
振り返るといつの間にか初老の男が立っていた。さっきの美女が良かった。
贅沢を言うなだと。大事なことだ。俺のやる気が変わる。まぁ、仕方ないと諦めた。
話を聞くと死んだ鑑定士の師匠だと言う。気落ちしてはいたが、年の功か受け答えはしっかりしていた。
被害者は才能もやる気もあり期待されていたらしい。それを妬む人間もいたかもしれない。動機としてあり得る話だ。
他に何か気になることがないか聞くと。
「ここ数日、冒険者の持ち帰った品の鑑定に専念していました。先史時代の
そしてその貴重品は行方不明だと。動機だけで犯人を絞るのは難しそうだ。今のところは物取り、怨恨どちらもありえるか。
まぁ動機なんざ犯人を捕まえりゃすぐ分かる。返り血を浴びているあたりを手がかりにしようとその時は思っていた。血のついた服でも出てこれば一発だ。
「アニードさん。魔法反応はほとんどありません。どの属性もかなり薄いです」
若いもんの報告があった。ということは見た通りの死因だろう。魔法は犯行に関係なさそうだ。いや分かってる、絶対はねぇよな。
「そろそろ職員を家に帰したいのですが」
さっきの美女が来て言ったのですぐに動いた。そろそろ暗くなる時間だ。現場はこの辺でいい、事情聴取にとりかかった。美女に言われたからじゃねぇぞ。
結論からすると事情聴取で犯人は分からなかった。第一発見者は美女だ。部屋から出てこないのを不審に思ったらしい。受け答えに変なところはなかった。
若いのに服を調べさせたが赤いのが付いている奴はいなかった。荷物も改めさせたが何もなかった。そっちから追うのは難しいと判断した。
他に分かったのは、現場に被害者以外は近づいていないであろうこと。少なくとも目撃はされてなかった。この辺はあてにならねぇな。忍び込むつもりなら手はいくらでもある。ギルドの職員で行方不明な奴もいなかった。
ここまで調べて、勘と経験で職員は白だ。そう思った。口には出さないがな。
何か物が無くなっていないか分かったかと聞くと、師匠ってのが言ったとおり、被害者が鑑定していたっていう貴重品が無かった。
他に同じ部屋にあった鑑定に使う分厚い辞典も一冊見当たらないらしい。
それから別件で鑑定依頼があったという大型のナイフが無くなっていた。間違いない、それが凶器だ。ナイフの事は聞いた範囲だが刺し傷がそのくらいの刃物でピタリと合いそうだったからな。
凶器を持ち込んでいない、ギルド職員にそれっぽい奴がいない。すると外部から来ていた客とかの突発的な犯行もあり得るって事になる。何食わぬ顔で堂々としてれば意外と分からないもんだ。あとは専門の泥棒とかな。ただ宝石なんて足がつきやすいしな、それだけをわざわざ狙うとも思えなかった。
俺はそこでギルドマスターに会ったのさ。
ギルドマスターはジュヌーンという名前で長身のこれまた女だった。予想より若かったが、鑑定より組織経営に向いていそうな顔つきだった。ガチガチの鑑定士よりこういう奴が頭の方がうまくいくんだろう。スリーサイズを聞くのは止めといた。顔が好みじゃなかったからな。
「顧客名簿が必要だと言われましても。それはさすがに応じかねます。我がギルドは信頼でできており、信頼はギルドの生命と同等のもの。それこそ領主様のご命令でもなければお渡しすることはできません」
そんな事を言われ、威丈高にきっぱりと断られた。そこは想定内だ。今日出入りした客だけでかなり絞れるんだがな。まぁ他にも手はあると思った。
「そうか、残念だな。話は変わるけどよ、最近好事家に出回っているあれの出処を知ってるか。ちょっと噂を聞いてよ」
俺はそう聞いた。
あれというのはな、贋作の絵が出回っているのさ。本物でも見ない限り描けないほど精巧らしい。
高価な絵なんかは取り引きがあると、お墨付きを付けるために鑑定ギルドを通るからな。何かあるんじゃないかって思ってな。
今回の事件とは関係ないだろうが。ついでだからすこし揺さぶっただけだ。
ギルドマスターは顔色を変えずに名簿を出してきた。噂の出処を聞かれたよ。俺は内心驚いた、ハッタリはしてみるもんだな。
褒めてもいいぜ。
贋作の件はこの事件の後にゆっくりと追うさ。金持ち連中の懐が少し痛む程度の被害だしな。
そうして俺は最近ギルドに出入りしてる顧客の情報を手に入れたってわけさ。
これがそうだ。その中には行方の分からなくなっている貴重品の鑑定を依頼したっていう、冒険者の情報もあったわけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます