第3話 真面目な鑑定士

 私は鑑定士でハムエーンという。将来はこのギルドの筆頭鑑定士になる予定だ。師匠にはまだまだと言われるが、鑑定の経験を積めば現実になる日も遠くないと思っている。


 その為の研鑽も積みたいところだが、今日は鑑定の予定が入っている。そろそろ時間のはずだ。


 その将来の筆頭鑑定士である私はギルドの部屋に入ってきた三人の顔を見て、ここ数年で一番の難問がきたと思った。直感である。


 目の前の三人はこの鑑定ギルドの常連だ。上客ではないが、まともなものを持ってくる。それが私の評価だ。


 そしてこの三人パーティ『三枚の羽根』は冒険者としてより、町の難解事件をいくつも解決していることで有名だ。

 メンバーの一人が憲兵から特に依頼をされるほどに頼られていると聞く。


 その事件解決の報奨金を使い、『三枚の羽根』はギャンブルのように未探索地へ出掛けていくと噂で聞いた。


 なんの成果もなく、報奨金を見事に使い果たしてしまうことが多いらしいが、以前は先史の住居跡から得難く貴重な品を見つけてきた。それを鑑定したのは私だ。


 何が言いたいかというと、私と同じで宝物に取り憑かれている輩だ。


 一般的に冒険者の社会的地位は低い。だけど私はこの三人が嫌いじゃない。危険を冒して宝物を追い求める姿に尊敬すらしている。それに引き換えギルドには腐敗が蔓延している。社会的地位を利用して贋作を作成し、贋作を善良な人々に掴ませようとするなど許されることじゃない。もうすぐだ、証拠は揃いつつある。


 いやそのことは後で考えよう、落ち着け私、深呼吸だ。今は鑑定のことを考えよう。


 そう昨日のことだ、この『三枚の羽根』が冒険から戻ってきたという話がギルドに届いた。そしてすぐに鑑定の予約が入ってきた。何か鑑定が必要な物を持ち帰ったようだ。


 珍しい品であれば自分が鑑定したい。


 仕事であるが、鑑定は私の人生そのものでもある。僅かな機会も逃したくはない。

 そして指名が私だと聞いた。正直心が沸いた。指名は信頼の証、鑑定士にとって信頼は代えがたい歓びである。

 どれほど珍しい品であろうと誇りにかけて鑑定を成功させよう。そう思った。


「では、拝見します」


 私は初見を大事にしている。今回の品物は小さな麻袋の中だ。かなり小さい物か。宝石、古代貨幣、魔石、何だろうか。

 私は慌てて呼吸をして気持ちを落ち着かせる。意味のない推測は敵だ。


 鑑定は繊細で攻撃的なもの。

 触感、視覚、嗅覚、物によっては味覚や聴覚、全身で魔力を捉え、それらを反射するようにお前は何物だと問うのだ。

 全ては品物が訴え掛けてくる何かを捉えるため。


「ちょっと待って」


 私が袋に手を伸ばしたとき、ショーラという女性冒険者が声を上げた。


「鑑定を始める前に聞いて欲しいの」


 できるなら余分な情報は入れたくない。ただ目の前にいるのは依頼主だ。冷静に。


「どのようなことですか?」


「これなんだけど、心が吸い込まれる感覚があるの。もしかしたら、呪いかも知れないんだけど」


「これを見た時のショーラは明らかにおかしかったぜ、間違いなく何かにやられてた。俺とアシェは抵抗レジストできたのか平気だったけどな」


「もぅ、あの時のことは謝ったじゃない」


 呪いか、確かに厄介だ。職業柄そういった物を扱ったこともある。だが目の前からその手の何かが発せられている感じはない。

 しかし依頼主はベテランの冒険者達だ。私よりその辺りの感覚は鋭いかもしれない。


「そうですか。では心して見ることにしましょう」


 見るのはもう少しお預けだ。私は目を瞑り姿勢を正す。深呼吸を繰り返して精神を集中していく。


 これは私の解釈だが、呪いと魔法は同一だ。それに祝福も。人に無差別に害悪をもたらせば呪いと言われ、無差別に好ましい出来事をもたらせば祝福と呼ばれる。術者が意図した相手や物に影響を与えるだけなら魔法だ。


 紙一重なのだ。


 ただ遺失技術ロストテクノロジー魔法を付与エンチャントされた物は呪いに分類されることが多い。時がそれを狂わせ、製作者が望んだ効果を発揮していないことが多いからだろう。


 付与技術は意図的に遺失させられたのだという説も信憑性があるのかも知れないな。


 おっと、集中するつもりが思考に沈んでしまった。


 片目を薄く開けて様子を窺うと、三人は神妙な顔をしてこちらを見つめている。いかんいかん。

 深呼吸だ。深呼吸。いざゆかん。


「では改めて拝見します」


 私は麻袋を手に取り、用意してある黒布を張ったトレイを手元に引き寄せた。


「待て」


 今度は男の片方に言われた。私は内心イライラしながら、決して顔に出さないよう気をつけて顔を上げた。


「何か」


 これが女の方ならばここまでイライラしなかっただろう。この冒険者の女性はかなり可愛い。私は独身だ……。あ、いや、それは今はいい。それに私はあの人と結ばれたい。


 私の内心の乱れをよそに男はもう一人の男の方を見た。


「アシェ、精神安定の魔法を掛けるべきじゃないか」


 男は鋭い眼光で私を見てきた。

 何てことだ、見透かされていたか。このままでは信頼を失ってしまう。いやそうじゃない……はず。上目づかいに三人の冒険者を見た。大丈夫そうだ。


「よろしければお願いいただけませんか。私の勘もただならぬ物だろうと警鐘しています」


 何としてもこの鑑定を成功させよう。


「うん、僕もそれを言おうと思ってた。ここなら安全だなんて思わない方がいいよね」


 魔導師のその男は立ち上がると両手杖を構えた。私も麻袋をトレイの上に置き、立ち上がる。

 男が何やら呟くと、淡い光が両手杖から迸り、両手杖が私の肩に触れ、体に仄かな暖かさが宿った。スッと心が落ち着いていく。


「素晴らしい魔法です。ありがとうございます」


 私は礼を言うと再び座った。今ならどんな物が来ても集中できる。


「では、始めます」


 麻袋の口を開き、トレイの上に置き直した。麻袋を傾け、手袋をはめた手をクッションにしてトレイへ中身を転がした。

 赤い輝きが一瞬見えた。美しい。心底思った。


「あっ」


 女性冒険者が艶めかしい声を出した。しかし私は集中している。三度目の正直だ。

 一目見ただけ。スキルに頼るまでもなく、これは当たり品だ、慎重にあたれ、と私の心が警鐘を鳴らした。

 心臓の音が一段高くなる。冷静になれ。深呼吸だ。まだ先ほどの魔法は効果を発揮している。


 警鐘? 受け入れてはいけないものなのか。

 いやいや、まだ判断は早い。


 物は紙に包まれその上から蝋が塗られている。紙に書かれているのは先史時代の魔法文字か。ところどころが破れている。紙の破れで気になるのは外側というより内部から破裂して破れたように見えるところか。


 惜しいな。だが断片でも欲しがる者は多いだろう。この手の加工は内部の魔力を出さないためにされていることが多い。すると中身は魔力を帯びているのか。

 鑑定が終わったら魔力の類を通しにくくする防魔布で覆った方がいいかもしれない。


 さて、問題の中身だ。


 破れたところからは赤い宝石が見えている。手に取った時に触れた感触は肌に吸着するほど滑らかだった。よく磨かれている。


 光の反射具合と色合いからルビーと思われる。鮮やかで見事な赤だ。


「ううむ」


 口から自然と感嘆のうめきが出た。素晴らしい。


「鑑定スキルを使います。何か分かるといいのですが」


 神経を集中する。目の前から全てを追い出し、鑑定物のみが視界に残る。やがてスキルの発動を感じ、対象の情報が頭に浮かぶ。それが消える前に読み取った。しかし今回の鑑定は不出来だ。それほどの品なのか。いや、この紙がスキルを妨げているのかも。


「所持することで効果を発揮する。所持者は強い自信や威厳、……を得ることができる。発動の条件は所持者が……であること。対価は魔力と生命力……。残念です。読み取れたのはそれだけです」


 私は顔を上げると三人に提案した。


「これは私の手に余ります。複数回のスキル行使が必要でしょう。預かり書と預かり金を出しますので、ギルドに数日間預けていただけませんか。できればこの魔法文字の書かれた紙を取り除く許可を。この紙だけでも価値のある物ですが、中身はそれを超えるでしょう」


 私は己の未熟さが歯痒かった。ギルドへの預かりは承諾してもらえたが、人を惑わす恐れがあるので扱いに十分注意してくれと念を押された。慎重な扱いは鑑定士として当然のことだ。

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