第2話 迷いの森

 ザッ……ザッ……枝葉を切り払う音が、何処とも知れない生き物の叫びや鳥の飛び立つ音に割って入っている。

 三人の冒険者が獣道を進んでいた。そこは深い森の奥、三人は古地図にある遺跡を目指して慎重に足を運んでいる。


 帰らずの森と呼ばれるその土地には、罠のように発生する深い霧と、薄く広がり方向感覚を鈍らせる古の魔法の残滓、そして弱肉強食を生き抜く強力な魔物が結界のように覆っている。


 三人の中の一人、冒険者ショーラ・バリークが森の気配を感知できなければ、魔導師アシェア・イブハームが保護魔法を使わなければ、剣士シャオク・ケッタが魔物の気配を感知できなければ、身動き一つ取れなかっただろう。


 それでも。


「迷ってるわ」

 先頭で剣鉈を手に獣道を行くショーラは断言した。


 いくら気配を感知できようと、森はそれ自体が魔物のように邪魔をするのだ。


 目印を付けた木の幹、先ほど払った憶えのある枝、屠った獣の死骸、間違いなかった。

 比較的近い場所を円を描くように回っている。


 ショーラは内心のいらだちをため息にして吐き出した。


「一旦止まりましょ。状況は悪いわ、このままじゃ行くことも戻ることもできない。どうしたらいいかな」


 冒険と進路はショーラがリーダーとなる。これが三人のルールだ。

 そしてケッタが戦闘、アシェアは状況把握と支援をする。

 だけどお互いをカバーし合ってこそパーティーだ。三人で考えよう。何か考えが浮かぶはず。ショーラはそう言いたかった。


「どうするよ」

「どうしようか」


 残念だが残り二人はノープランだった。


 ショーラの苛立ちは、瞬時に膨れ、お宝用に新調した空っぽの大袋にいっぱいになるほどだった。

 ショーラの心の大袋は破れた。


「もう、二人ともちゃんと考えて。私は早く宝を見つけて町に帰って祝杯とお風呂に浸かりたい気分なの。わかる? 迷ってる場合じゃないのよ」


「ごめん」


 大声に二人は素直に謝った。賢明である。


「ショーラがいて迷うなんて思わなくて」


「この古地図、やっぱりガセじゃないかな。何か古い紙のように見えるけど、何か違うんだよ。臭いとかさ」

 アシェアは古地図の臭いを嗅ぎながら言った。薬品臭がする気もする。


「ギルドの連中も、この辺りは大昔から人を寄せ付けない要害だったって、宝なんかあるのかって半信半疑だったからな」


 ケッタはそう言い、これは間違いなく宝があるわと酒場で古地図を握りしめ力説していた仲間を見た。

 見られたショーラはその茶色い目を細め、緑色の髪を顔の前に垂らした。本人は凄んでいるつもりだが、その端整な顔立ちは撫でて欲しそうな猫に見える。


「祠の位置を示す地図なんだもの、要害だろうか何だろうがあるかも知れないわ。それから今更のことはいいの。知りたいのは今どうするべきかよ」


 見た目と違い正論だった。二人は真剣に考えた。


「幻惑の魔法を一時的でも無効化できないか。試してみよう」


 しばらくして魔導師たるアシェアに考えが浮かんだ。森に迷う大きな要因を何とかするしかない。


「そんなことできるのか?」


 この辺りは有名な魔法地帯だ。地形そのものに魔方陣が刻まれ、土地の魔力を吸い上げ魔法が発動している。個人がどうこうできるものではない。


「火は水を空気に変える。水は火を消す。風は土を削り、土は風を遮る。幻惑は……」


「幻惑は?」

「匂いが打ち破る」


 ショーラとケッタは何言ってるんだこいつはという顔を遠慮なく見せた。


 しかしながらアシェアは大真面目だった。両手杖を背負い袋から外すと地面に突き刺し方向を定めた。

 方向はわからなくても真っ直ぐに進めばいずれ森を抜けるはず。

 アシェアは目を瞑り、集中した。即興で呪文の構築を始める。


『花の聖霊ザハラよ、風の聖霊アネモスよ。そなたらの祝福と喜びに春は訪れ、蕾は花咲くであろう。進め。春のひと吹きよ』


 呪文は無事完成した。アシェアの魔力は両手杖を満たし、満たされた魔力により空気が変質した。


 辺りにラベンダーの香りがしたと思う間もなく、風が辺りの葉や埃を巻き込んで目に見えて渦巻く。アシェアの意思により定めた方向へ真っ直ぐに飛んでいった。


 すぐに風が収まりラベンダーの匂いが漂ってくる。


「ふぅ。ぶっつけだったけど上手くいったみたい。この匂いを辿れば真っ直ぐに進めるんじゃないかな」


「おぉお」

「さすがアシェだわ。匂いが消える前に進むわよ」


 さっきの顔はどこへやら、二人は満面の笑顔だ。


「よし行こう」


 アシェアの号令で三人は再び歩き出した。そうしてしばらく歩くと無事に迷いの森を抜けられた。


「ん、何だ」


 そこからしばらく順調に進んだ後である。森を抜けた草原のような場所だった。所々に大岩が目立つようになっている。渓谷の入口だ。


 ケッタが何かを見つけた。


「ミイラだ」


 それは草原に埋もれるように倒れていた。

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