異世界の推理〜あの宝石は君のもの〜

キハンバシミナミ

第1話 告発の準備

 誰かがドアをノックした。私は慌ててドアノブに目をやると、鍵がかかっていることを確かめた。大丈夫、鍵はかかっている。ノックの主はわからない。慎重に行動すべきか。


 机の上にある書類に手を伸ばした。書きかけのそれを折りたたみ懐にしまう。

 インクが乾いていないのに折り畳んだのだから、紙の反対側にインクの染みがついていることだろう。正式な書類として出せれるものではなくなった。後で書き直しだ。


 ため息が溢れた。


 いや、今はそれどころじゃなかった。私は立ち上がるとインク壺を片付け、こういう時のために用意しておいた鑑定品を載せたトレイを手元に引き寄せ、辞典のページを開いた。過去に鑑定された様々な品の詳細が書き込まれ重ねられた辞典はひと抱えはある大きなもので鑑定士にとってバイブルのようなものだ。この辞典を作った先達に顔向けできる仕事をしたい。


 再びノックの音がする。意を決して扉に向かう。何となくノックの主が分かった。ノックの音を無意識に鑑定してしまったのだろうか。苦笑が漏れた。油断しすぎだ、気を引き締めよう。


 この作業は秘密裏に進めなければ。自分に言い聞かせる。味方は少なく、敵は多い。周りは見て見ぬふりをする者ばかり。私は唯一と言っていい仲間の顔を思い浮かべた。あの人のためならどんな苦労も厭わない。


「……いないのですか。鑑定中なのはわかります。ですが、少しお話をしたいのです」


 丁寧だが、有無を言わせない威圧を感じる。上位に立つ者が持ち合わせる特有の声色。私が告発しようとする件の、恐らくは黒幕。私の予想は当たっていた。


「今開けます。お待ちください」


 私はドアの鍵を開けると彼女は無言で入ってきた。私は軽く頭を下げて彼女を部屋に招き入れた。


「集中していたところ悪いわね。そんなに難物なのですか? 珍しい品とは思いますが」


 彼女は机の上に目をやった。恐らく私がトレイの上に乗せておいた依頼品を見ているのだろう。鑑定の真髄など知らないだろうに、知ったかぶりか。経営手腕だけで成り上がれるこの組織は腐っている。


「いえ、鑑定は終わっているのですが、かの王国時代に造られたものです。今後の鑑定を楽にするためにも研究をと思いまして。依頼主からも許可はとってあります」


 口から本音など出せない。


「そう、ご苦労様。あなたのような研究熱心な鑑定士がいるのは私も心強いです。これからも励んでください」


「それでご用件というのは」


「ええ、ちょっと座ってもよろしいかしら」


 彼女は机の反対側に回り込み腰掛けた。その素早い行動に私は不意を取られた。

 大丈夫だ。証拠となるものはここに置いていない。鑑定をする時のように心を落ち着かせ、逆に笑みを浮かべることにした。上辺だけだ。


「不意を打つようで悪いわね、こういうことをしないと本音を引き出せないでしょ。だから……」


 彼女の話は大した話ではなかった。湾曲して聞かれたが、今の仕事内容に不満がないか、要望や希望はないか。これからも働く意思はあるかなど。いやもしかしたら大した話ではないがあえてこのようにしたのか。


 何のために。そうだ。わかる。疑っている。疑われている。それは正しい。私は、いや今も他の場所で証拠を密かに探っているあの人と共に、貴女を中心とした贋作の作成と密売を必ず告発する。

 そして当たり障りのないやりとりは終わった。


「そうだ、この部屋をそのままお借りしてよろしいかしら。事務室のカトリーヌを呼んできてくださらない?」


「わかりました」

 私は一礼して退室しようとした。


「ところで、仲がよろしいようですね。この間も一緒の所をお見かけしましたよ。……地下で何をしていたのかしら」


 ビクッと体が反応した。


 あの人と一緒に証拠を探していたときに見られていたのか。驚くほど体は動かない、ゆっくりと振り返る。顔はきっと強張ってる。失敗したとわかっている。この態度はきっと彼女を確信させた。


 そしてやっと顔を上げると彼女は薄笑いを浮かべた。


「命は儚いものです。想い人を大切にしなさい。……そう教わりませんでしたか?」


 脅されていることが明白だった。私は脇に汗が流れるのを感じた。

 彼女が悪鬼のような顔で声を出さず笑った。私はそのまま逃げるように退室した。

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