おれ わるい スライムむすめ じゃないよ?

009 欲求不満の奥様× 家出女子中学生〇

「さあて。新生活のスタートだ!!」


 ウィークリー・マンションというものが日本にはありました。ロスト・エンジェルスにもあるそうです。現場からは以上です。


「スマホひとつで操作できる家具一式! 日本で言うところの六畳一間!! 壁が薄すぎて隣の営みが聴こえてくる! 窓を開ければタバコの煙とお隣さんがこんにちは! ……。異世界転生ってこういうものなの?」


 タイラントことスライム娘もといおれは、想像していた異世界ライフと現実とのギャップのあまり魚肉ソーセージになってしまいそうだった。なんで魚肉ソーセージ? なんとなく食べたくなったからだよ。でもどうせスーパー行けば売っているんだろ? 違うんだよなあ。まったくもって違う。おれの求めている異世界ライフってのは──。


 ピンポーン♫ と素敵なインターホンが鳴る。これはあれだ。それだ。きっと爆乳のお隣さんに違いない。いかにも欲求不満そうで色気にあふれている30代の奥様。それ以外の来客など認めん。


「は~い♫」


「…………」


「は~い」


「…………」


「はーい……」


「…………」


「…………」


 所詮人見知り同士の会話なんてこんなものだろ? どちらかが黙り込んじゃったら二度と会話は進まない。でもさ、それをやるために訪問してくるってすごいよな。


 来客者。それはおれよりいくぶん身長の低い子だった。もっとも身長に関してはおれが高すぎるというのもある。ウィークリー・マンションを吟味していたときシャワーも浴びたから、抑えようと思っても170センチをやや越えてしまう。


 そんな彼女は黒髪で黒目な、この国では珍しい顔立ちをした少女だった。メガネかけていれば100点満点な風格。特段美人でもないがブスでもない。ただ表情は無でずっと床に目を置いている。


「えー。なにしに来たんですか?」


「…………。家出」


「へ?」


「……。中入れてもらって良いですか?」


「あ、ちょっ、意外と力持ちなのねえ……」


 強引に家の中へ入られてしまった。この場合、市民登録されていても捕まるのでしょうか。携帯電話も受け取ったし調べたほうが良さそうです。


 そんな力持ちな少女は、ソファーに座って落ち着きなくあたりを見渡していた。


「お菓子もジュースもなにもないっすよ?」


「大丈夫です。家出してる身分でそんなものは求めません」


「まず家出ってなに? そこから話してくれないとおれはなんもできないよ」


 こんな小娘相手に敬語を使う理由もないだろう。それにタメ口のほうが親しみを覚えてくれるかもしれない。


「……。別に。お姉さんだってたまにあるでしょ。親と一緒にいるのが嫌になるときって」


 親。おや。おやおや? そういえば両親の顔も思い出せんぞ。この16日19時間35分29秒間になにがあった? おれは本当に異世界転生しているのか?


 という疑念を話したところで仕方ない。


「お姉さん? おれはお兄さん……いや、お姉さんだった。おれはおれだけども」


「意味分かんない」


 少女はふっと笑う。笑顔はポジティブにつながるという研究データもあるらしいので喜ばしい限りだ。

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