第74話

 長谷部が愉快そうに言うと


「そして天から、地上を見ているそうですよ?」


 と宮部が囁いたから、酔っ払い長谷部は急に瞼を閉じて寝てしまった。


「長谷部さん、これが無いと出来る人なんだけどね」


 宮部はコロンと長谷部を畳の上に転がすと、何も掛けずに側にあった箸を手にした。


「日本でも、かなり良い所に勤めてて、出世コースだった様だけど、酒癖の悪さで失敗したらしいんだ」


 宮部は、側にあった肉を取って口に入れた。


 ………一体今日の肉は、何の肉?………


 聞きたいけど、やっぱり勇気はない。だって美味かったから、美味い肉という事にしておこう。………そうそう、此処に来てからの佐藤は、肉に関しては美味い肉だけで充分だ。何の肉という疑問に、何の意味があるだろう。


「失敗した矢先に此処に来て、なんかよかったって言ってたんだ………此処に来てなかったら、電車に飛び込んでたかもしれなかったって………」


「マジで異世界転生になる所?」


「………はは……そうかな?僕が此処に来た頃は、もっと若くてさ………有名会社の部長なんて、なってる程の歳に見えなかった」


「えっ?部長さんだったんすか?俺なんて、就活最中したよ………それもなかなか内定貰えなくて………」


「僕は、入社して三年位だったけかなぁ?そろそろ、仕事が面白くなり始めた頃でさ………反面転職なんかも考え始めてた」


「えっ?入社できて三年も働いてたんだったら、勿体ないじゃないすか?」


「そうだよなぁ………今はそう思えるけどね………」


 宮部はしみじみ、噛み締める様に言う。


「えー、そんな部長と先輩とお仕事できるなんて、なんか光栄っす」


「佐藤君は、バイトとかはしてたの?」


「スーパーで品出ししてました。夜とか遅くなると、レジ打ちとか?」


「へー、器用なんだね?」


「いやいや、ピッピッって、コードを読み込ませると、釣り銭迄出てくるんす」


「……………」


「文明の進歩、進化は凄まじくて、こなせれば楽だけど、こなせなければ大変な時代っすよ………」


「…………そうかもなぁ?」


「………なんだろ?待遇がいいからか、あんまりアッチの事を懐かしく思わないっす。あんなに手にしていた、携帯すら無くて寂しいとかないっすもん。っていうか、いろんな情報が入って来なくていいかな?」


「……………」


「アレって案外、面倒くさい物だったかもしれない………」


「フッ……此処の大神様と同じかぁ?」


「あーーーそうかもですね?大神ってスマホレベルかぁ………」


 思わず宮部と、顔を見合わせて笑った。

 きっと天の大神様が、気を悪くしているだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る