第60話

 佐藤の知っているのは、現代的にアレンジされたヤツか?

 女子の晴れ着や浴衣でも、そういうのがやたらと流行っていると聞く。つまり本家本元は、コイツか………!コイツを取り入れて、日本で進化したのか………。


「まっ、こんなめんどくさい物着てるのは、宮中の人間だけだけどさー」


「あーーー」


 市民はもっと動き易くて、ペラペラなの着てたわ。

 佐藤が下着代わりに着てる、白張の色柄付きみたいなのとか、風呂で働かさせられる、少女が風呂場で着てた作業着とか、甚平みたいなのとか。だけどどう考えたって、洋服の方が着やすくて動き易いじゃん。


「帝に、言ってみたらどうすか?」


「何を?」


 宮部が、目を向いて聞いた。


「洋服………」


「………僕も先輩に言った事あるけど、日本でも明治維新の時に、洋風に変わるのにいろいろあったらしいし、その歴史も知ってる今上帝が、そうするつもりが無いんだから、言わない方がいいってさ」


「……………」


「内外全てに精通している今上帝が、洋装にしようとしないんだから、それには理由があるんだろ?」


 宮部は、牛車の窓から外を眺めながら、ポツンとそう言った。




「…………そんなの、朕が気に入っているからに決まっておろう」


 此処に来たばかりだからか、まだ学生で社会の荒波を知らないからか、怖い物知らずなのか、忖度という言葉を知らないのか………。

 今日も、宮部の渋い表情など読もうともしない、空気の読めない佐藤が、今上帝と謁見の談笑のついでに


「どうして洋服を着ないんす?」


 と聞いた。すると一瞬場の空気が、物凄く重たく流れた感じだったが


「そんなの、朕が気に入っているからに決まっておろう」


 と今上帝は、佐藤を見下ろして言った。


「…………お気に入り?」


「当然である。これ程着易い物は無い」


「?????」


「………其方達が参った度に献上され、佐藤など着ている所を見たが、何とも異様な格好なりではないか?」


「………はぁ?」


わたしは気に入らん」


 今上帝は、プイと顔を横にして見せた。

 何だが子供みたいだ。


「第一袴………スラックスとやらは、一枚しか着さぬというではないか?ボリュームが足らずに、なとも見窄らしい。その様な格好なりを、皆にさせられると思うか?」


 ………皆とは誰だ?………


 思わず突っ込みを入れる。


 ………市民達は貴族みたくボリュームのある、スラックスじゃないじゃん?………


 空気の読めない佐藤だが、今上帝が不快感を露わにしているのは解ったから、流石に突っ込みは入れられない。


「………はぁ、すみません」


 佐藤がしおらしく、頭を下げた。

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