第56話

「アレが着たい?」


 佐藤は、うんうんと頷く。


「そうかぁ?さっきも言ったけど、僕ら日本人は貴族扱いでさ、此処って服装とかで差別っていうか、格差作ってるとこあってさ、貴族はこういった格好をしなさい………的な風潮があるんだ」


「へっ?」


「建物っていうか、屋敷とかでも区別作ってんの。まぁ日本でも、金持ちは高級住宅街に大きな家建てたり、億ションに住んだりするけどさ。車や着る物でも差って出るじゃん?そんな感じで、貴族はこのスタイルって決まってるんだ。使用人はこのスタイル。平民はこのスタイル………」


「あーじゃ、俺の言ったスタイルは、平民スタイル?」


「まぁ………」


「………じゃ、ソレでよくないっすか?俺日本の平民だし」


「………なんだけど、今は此処の貴族扱い」


「………………」


 佐藤が、えらく悲しい顔をした。


「俺………アレ着たいなぁ………」


 佐藤は温泉街で皆んなが着ていた、アノ服装にちょっと未練がある。だって、佐藤だけが着れなかった。諸福さんも根入さんも、そして使用人達も、温泉場に居たお客さん達も皆んな同じ格好で、食事してまったりして………。

 それに参加できなかったのが、かなり悔しかったのだ。


「………じゃ明里、白張を寝間衣ねまぎにする様、対屋たいのやにお持ちするがよい」


 見兼ねた延登子さんが言った。


「えっ?マジっすか?」


「寝間で着るには、支障はございますまい?」


 優しく宮部に聞くから、宮部がダメだと言える筈がない。

 佐藤は嬉しくなって、延登子さんに挨拶すると、自分の棟である対屋に行く事にした。


「延登子。これから此処に、慣れてもらわねばならないんだ。甘やかさないでくれ」


「………だって、初めてお会いした時の、貴方様を思い出してしまうのですもの」


 宮部夫妻の会話が、チョロリと聞こえたが、佐藤は気にもせずに、明里さんに案内してもらって対屋に向かった。

 別棟の対屋は今まで宮部と一緒に居た、寝殿に比べたら小さいけど、とはいっても佐藤の部屋なんかよりずっと広い。広くてフローリングで、パーテーションで仕切っている。

 そんな部屋の奥の方に、天蓋付きベッドが目に入った。

 お姫様みたいな、ピンクのフリル付きカーテンじゃないけど、綺麗な刺繍が施された布がベッドを囲んでいる。

 布団は貴族という印象からは、ちょっと薄い気がするが、それでも諸福さんや根入さんの所より厚めだ。

 ちょっとやった感が、佐藤に込み上げて来た。

 そんな感激なベッド以外は、見慣れて来た感じの畳が数枚、その上にペラペラとは言わないけど、ペラ感溢れる座布団。

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