ライバル、2
お城の許可も取り付け、栗林家の書斎には新たな生徒が入った訳だが……
「紅。見ろ。おまえが欲しがってた……」
スパンと書斎の障子を開け放つと同時に、大声で中に語り掛けたのは伊三郎。
その伊三郎の目の前には、
「伊三郎。もうちょっと静かにできぬか。紅が起きるだろう」
大吾の膝を枕に昼寝をしている紅と、その背に右手を乗せ左手で本を持っている大吾の姿。
まるで誰にも触らせないという様な手つきで、紅の背から肩に右手を動かした。
カッとなった伊三郎はわざと大きな音を立てて書斎に入って、
「勝之進は?」
別に勝之進が何してようと気にもしないが、大声で聞いてみる。
紅がピクリと動いた。
だがそのまま寝息は聞こえている。
「起こすなよ」
大吾が伊三郎の意図に気付いたようだ。
「起こすつもりなどない!」
そういう声もまた大きい。
「大きい声を出すなと言っただろう」
「大きい声など出しておらぬ!だけど、なぜ大吾も紅を起こさぬのじゃ」
「良いではないか。眠たいのだろう」
「ここは勉強する場所じゃ!寝たければ部屋に戻れば良いだろう」
「何を怒っておる?」
「怒ってなどおらん!」
どう見ても怒ってる態度で返す伊三郎。
「そうじゃな。紅は部屋に運んで来よう」
諦めた大吾が紅を抱えようとすると、伊三郎がその手をパッと握っていた。
「伊三郎、離せ。紅を抱えられぬではないか」
「お、俺が抱えていく」
「おまえが?おまえの力では無理じゃろう」
「無理ではないわ!」
「あー。そうか。分かった。伊三郎、おまえ、紅に惚れておるのか?」
「な、なにを」
「だから栗林の家にも来たいと言ったのじゃろう」
「ちがう」
「ただ勉強したいからじゃなくて、紅と一緒にいたいからじゃないのか?」
「ちがう!」
「正直に言えよ。おまえも紅に惚れてるんだろう!」
挑発するように言う大吾に、
「違う。紅など、なんとも思うておらん」
大きな声で伊三郎が答えた瞬間、伊三郎を見ている大きな目にハッと気が付いた。
「そのように大きな声で何を争っている」
大吾の膝から紅が起き上がっていた。
伊三郎はしまったと口に手を当てたが、もう遅い。
「伊三郎が私のことなどなんとも思うておらんことなど、分かりきってること。大吾も人が悪いの」
大吾を見上げて微笑む紅。
大吾も紅に微笑みを返している。
それを見た伊三郎は、またしても胸の痛みを感じた。
「伊三郎、悪かったな。この日差しについ魔が差した。大吾も、すまなかった」
紅は大吾を見ている。
その目が愛しそうに大吾を見上げている。
大吾もまた、
「疲れておるのだろう。遠慮するな」
紅の頭に手をかけ、もう一度膝に寝せようとしている。
それを微笑みで断る紅。
「……ま、まったく勝之進は何をしておるのじゃ。ちょっと見てくる」
伊三郎は書斎から飛び出した。
仲の良さそうな二人を見ていたくなかったのだ。
大吾に負けたくない。
小さな心に火が灯る。
それからの伊三郎はとにかく大吾と張り合うようになった。
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