恋愛と友情

ライバル

兄のおさがりの袴を履き、髪は高い位置で一つに結わい、まるで小さな若武者のような出で立ちの紅。

学問所に通うことに反対した母に「せめて身なりはキチンとしなさい」と言われて用意されていたのが、この男子用の格好。

だが紅は気に入っていた。

何より動きやすく、

「次は剣の稽古じゃから、紅は見学じゃな!」

「見学などするか!すぐに陸など倒してやる!」

武術の稽古も男子と同じように参加できるからだ。


授業の時は、藩主の息子・伊三郎と机を並べ、登校時には家老の息子であり兄である勝之進と一緒に来て、帰りは文武両道に秀で先生も一目置く大吾と勝之進と並んで帰る。


紅がそれとは気が付かないうちに、やはり女子である紅が心配な3人は、何かと紅の傍にいた。


紅と伊三郎が学問所へ通い始めて数か月が経った。


自分の授業が早く終わっても、教室の端で本を読んで大吾たちが終わるのを待っている紅。

反対に伊三郎はいつも大瀬が授業が終わるまで別室に控えていて、終わるとすぐにお城に戻っていた。


「紅」

「ん?伊三郎か。まだ帰ってなかったのか?」


本から顔を上げた紅は、男の格好はしていても仕草は女子そのもの。

顔にかかった髪を細い指でかきあげている。


「おまえは帰らないのか?」

「うん。先に帰ってもつまらぬから」

「勝之進と一緒なのは分かるが、なぜいつも大吾も一緒なのだ?」

「大吾は私の先生じゃ。家に帰ってからは大吾と兄さまに習っておる。伊三郎もお城に戻ったら剣の稽古をしてるのじゃろう?」


後半、伊三郎は聞いていなかった。


「大吾は毎日おまえの家に行ってるのか?」

「うん。刈り入れの時とかはさすがに無理じゃが。どうした伊三郎?」


伊三郎はまだ終わっていない年長者の教室の方を睨んでいる。


「俺もおまえの先生になってやる」

「あはは。なんで伊三郎が先生になれるのじゃ。伊三郎がなれるとしたら私と同じ生徒じゃ」


八重歯を見せて笑う紅に、「待っておれ」と言い残し部屋を出ていった伊三郎。

しばらくして大吾と勝之進が戻り三人が帰ろうとすると、「待てっ」伊三郎の声がする。

振り返るとニコニコと笑った伊三郎が全力で走って来ている。


「どうした?」

大吾が聞くと、

「今日から俺も栗林の家に行く」

嬉しそうに言う伊三郎。

勝之進は眉を寄せた。

「伊三郎は生徒じゃからな」

横では紅が笑っている。


紅は、伊三郎は大吾と勝之進に習っている自分のことが羨ましいのだろう、と思っていた。

その想いを汲んで一緒に勉強しようと言ったつもりだったが……

伊三郎は大吾を見ていた。


その目は挑戦的で、

「どうした?」

大吾には伊三郎に睨まれる覚えは全くなくて聞き返した。


「おまえには負けん」

一方的な勝負宣言。

大吾はフッと笑ってしまった。

伊三郎が弟のように思える。

弟が兄に無謀な戦いを挑む姿が、学問所に入る前の自分ようだと思った。


それぞれの思惑を胸に学問所の隣りにあるのに、わざわざ表通りを回って遠回りして栗林家についた4人は、


「どうして先に知らせないのですか!」

紅の母に怒られることとなった。


伊三郎は友達でも、やはり藩主のご子息。

ご子息がおいでになるのに、何も準備が出来てない!と、母やばあやが怒っている。

更には伊三郎のお付きの大瀬にまでお怒りが飛んでいて、栗林家はあっという間に大騒ぎになっていた。


それを俯きがちに聞いていた伊三郎を見た紅は、伊三郎がかわいそうに思えた。


「伊三郎。大丈夫か?」

「紅。すまん。迷惑かけた」

「迷惑ではない。伊三郎の気持ちは分かるぞ」


顔をあげた伊三郎に紅は優しく肯いた。


「母上。伊三郎は私の学友じゃ。兄さまの学友の大吾はいつ来ても良いのに、私の学友はダメとはおかしいのではないですか?」

「ですが、失礼があっては……」

言いかけた紅の母に、伊三郎は頭を下げた。

「突然すまなかった。ただ紅と一緒にもっと学びたかっただけなんじゃ。勝之進とも話してみたかったのだ。母上殿。俺も、大吾と同じようにこの家に出入りすることを許してはもらえぬだろうか」


伊三郎の真っ直ぐな瞳に何も言えなくなった紅の母。

「お城の許可がおりなければ、お戻りくださいね」

とだけ伝え、部屋を後にした。

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