平賀城、奥の間

金屏風を背にした花婿と花嫁の姿はまぶしくて、

「きれいじゃのう」

紅の独り言だったのに、

「本当だな」

いつのまにか隣には伊三郎がいた。


伊三郎7歳。

紅6歳。


まだ婚礼の意味さえ分からない二人には、ただこの幸せに満ちた宴が楽しそうで、特別なものだということだけが強烈な印象として残った。


「ほらほら、そんなところにいたら、女中たちの邪魔になりますよ」

「姉さまが、おきれいで見ていたの」

「本当にね。美男美女の素敵なご夫婦ですね。すぐに紅様もあそこにお座りになられますよ」

「わたしも?」


驚いて目を丸くする紅に、夫人は微笑みながらうなずき、

「えぇ。もちろん。紅様も姉君に負けず素敵な花嫁になられるでしょうね」

ふふと笑いながら去っていった夫人は気が付かなかったようだ。気軽に口にした言葉が、少女に大きな夢と憧れを抱かせてしまったことに。


「聞いたか?わたしも姉さまのように、あの屏風の前に座るらしいぞ」


それを聞いた伊三郎はなぜかイヤな気持ちになった。

紅の目がさらに輝きを増して伊三郎を見る。


「早く花嫁とやらになってみたいのう」

「なぁ、おまえ。俺の宝物を見せてやろうか?」

「たからもの?」


可愛らしく首を傾げて問う紅の手を取り、伊三郎は宴の席を抜けた。


長い廊下を歩いているうちに二人は楽しくなり、段々早足で、そのうち走って、お城の広間から奥の伊三郎にあてがわれた部屋へと向かっていた。


途中、着慣れない重い着物に足を取られ転んでしまった紅。

「大丈夫か?」

「あはは。転んでしもうた」


顔を上げた紅は、八重歯を見せて笑っていた。

二人とも重たい羽織を脱ぎ捨て、そうして笑い転げるようにして伊三郎の部屋へとたどり着くと、伊三郎は一番大事にしている桐の箱を取り出した。

大事そうにそっと抱え上げ、ゆっくりと蓋を開く。

紅もその様子をジッと見守っていた。


「これだ」


紅の目の前に綺麗な色をした見たこともない形のものが現れた。


「きれい」

「ビードロと言うらしい」


薄い透明のガラスに赤や黄色や青色が散りばめられていて、触ると消えてしまいそうなくらい儚くて華奢な感じがする物。

紅は見ているだけで手が出せなかった。


「手を出せ」

伊三郎が言う。


紅が両手を揃えると、伊三郎は小さなその手にそっとビードロを置いてやった。

思った以上に軽いそれに、紅は驚きと大きな興味を抱いた。

このビードロは伊三郎が先日、父の藩主・行正ゆきまさにもらった物。


「長崎で手に入るらしい」

「長崎で……」


この時代の長崎は、唯一の外国文化と触れ合える場所。

平賀藩は長崎が近いため、他の藩と合同で長崎の警護に当たっていたので、珍しい物が手に入り安かった。


「これが見たければ、いつでもここに来い」

紅は嬉しそうにうなずいた。

小さな二人はにっこりと笑い合う。

春の陽気な日が射す部屋で、伊三郎と紅は時間を忘れて遊んでいた。


平和だった。

紅も伊三郎も、花嫁も花婿も、婚礼に参列した平賀藩の面々も、みんな楽しそうに笑っていた。


たが、こんな小さな藩の、

まだ、あどけない二人にも、

逃れられない激動の時代の影が、

音もなく近づいてきていたのだった。

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