平賀城での婚礼

平賀城の大広間。大勢の平賀藩の家臣が集まる中、伊三郎は殿の代理で一番上座に座らされて、つまらなさそうにしている。


紅は、姉の大事な婚礼の前に逃亡したことをこってり怒られ、大人たちの間に無理やり座らされている。


だが、まだ納得はしていなかった。隙を見て、逃亡しようと考えていた。

姉は結婚したくはないんだから、なんとかしないといけない。

そしてなんとかできるのは自分だけだ。


紅がソワソワしていると、真っ白な着物を着て、重たそうな髪に結い上げた花嫁が部屋に入ってきた。

紅の口がポカンと開く。


「まぁ、素敵な花嫁さま」

大広間が一斉に盛り上がる。

それに応えるかのように、花嫁はゆっくりと会釈をして、しおらしく花婿の横に座る。


「いやいや、誰よ」

紅はつぶやいてしまった。

普段の姉とは全く別人のように見える。

だって紅に木登りを教えたのも姉だし、いつもは大きな口を開けて豪快に笑う姉。

その姉が俯き加減で、おちょぼ口をして、まるでおとなしい花嫁を装っている。


「姉さま、かわいそう」


やっぱりなんとかできるのは私しかいない。

そんな紅の思いを他所に、厳粛に婚礼の式が進んでいく。


◇◇◇


新郎の瀬戸 治長はるながは、普段は江戸の藩邸にいて、今回自分の婚礼のために久しぶりに平賀藩に戻って来ていた。


家老の娘との婚礼は、分家筋の治長にとって今後の後ろ盾として有意義。

その程度にしか思っていなかった治長は、おとなしそうな花嫁を見た途端、婚礼に興味を失った。

この式が終われば、地元の者達と世間の情勢を話し合わないと。


「それでは三々九度さんさんくどを。秋月あきづき家のりく様と、栗林家の紅様が担当いたします」


ガチガチに緊張した少年と、つまらなそうにしている少女が立ち上がり、治長は笑いそうになった。


少年が花嫁に注ぎに行くと、それを遮るように少女が花嫁の前に出る。


「紅様。紅様は新郎様の方へ」

誰かが教えるも少女は頑として動かない。


子供のやることだしょうがない。


治長が少年の方に声を掛けようとすると、


「紅。いい加減にしなさい。あなたは治長様に注ぐんでしょう?」

花嫁が口を開いた。


思いの外、凛々しい声に治長は初めて花嫁の顔を見ることになる。


「だって、姉さまは、結婚したくないのでしょう?私と一緒に逃げましょう」


一瞬シンとなった宴の席。

花嫁は少女の手を取った。


「紅。逃げてもだめ。逃げるともっと辛いことになるの」

「でも……」

「私は大丈夫。心配なのは紅よ。一人で大丈夫?」


少女は首を振った。

姉と離れることが寂しかったのか、泣き始める少女。

花嫁も目に涙がたまっている。


それを見た横にいた少年が、慰めるように少女の頭に手を置いた。

更に、一番上座に座っていた伊三郎までも少女の横に立っていた。


「紅。お友達ができたの?」

「でも、姉さまは……」


治長は、花嫁の肩に手を置いた。

「紅殿。そなたの姉上は私がお守りいたします。だから安心してください」


驚いたのは紅だけじゃない。

その場にいた全員が治長を見ている。

治長は似合わないことをしたと恥ずかしくなった。


「さ、続きを」

自分の席に戻ろうとすると、

「ありがとうございました」

しっかりとした声で花嫁が話しかけてくる。


婚礼も悪くないと治長は思った。

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