初めての逃亡
あまりの輝きに2人が触ろうとすると、
「いけません!」
背後からばあやの声がした。
ついに見つかってしまった。
お互いをつないでいた手に力が入る。
「姫様。それにお手を触れてはなりません」
近づいてくるばあやに首をすくめた紅。
伊三郎は、紅を背中に隠すように前に出た。
「あ、あの……これは……」
「姫。随分お探ししましたよ」
ばあやがどんどん近づいてくる。
伊三郎は怖くて、ギュッと目を閉じてしまった。
このままだと紅は連れ去られてしまう。そう思うのに動けない。
その時、後ろから可愛らしい声がした。
「この屏風が素敵だから見ていたの」
紅がばあやを見上げて微笑んでいた。
伊三郎は紅を守れなかった。
楽しかった時間はもう終わってしまうんだ。
伊三郎は寂しくなった。
たったこれだけのことだったのに、伊三郎にとっては初めて楽しいと思えた時間。
もっと紅と一緒にいたかった。
「ねぇ、ばあや。もう少しこの屏風を見ていたいの。お願い」
「姫!この見事さがお分かりになりますか?」
屏風を褒めたのが良かったらしい。ばあやの鼻が広がる。
「あの鳥は比翼ひよくの鳥と申しまして、二羽で一対。お互いがいないと死んでしまうように仲の良い鳥の夫婦を描いたものでございます」
「ヒヨクのとり……」
ばあやが夢中になって話す後ろで、少女が伊三郎の手を握る。
伊三郎は嬉しくて握り返すと、少女が一歩後ろに下がった。
「そして下に描かれているのが、連理れんりの枝と申します。死んでも尚、一緒にいたいとお互いが木になって枝を伸ばし合った夫婦の話から、夫婦仲が良いようにと願いを込めて描かれた屏風」
「レンリのえだ……」
少女は伊三郎を引っ張るようにゆっくりと後ずさりをしている。
紅はまだ諦めていなかったのだ。
それが分かった伊三郎は身体中が震えるくらい興奮した。
今度は見つからないように、慎重に逃げなければ。
「この屏風は栗林家に伝わる家宝。もとはと言えばこの平賀を治めていた栗林家。その証として……」
ばあやから3歩分離れた時、くるりと向きを変え走り出す。
目指すはあの障子が開いているところ。
あそこから外に出れば、また楽しい逃亡の時間だ。
伊三郎はしっかりと少女の手を握り直した。
あと少しで障子にたどり着く。
そう思って少女を見た時、少女が急に立ち止まった。
その視線の先を追うと、
「伊三郎さま。お探しいたしました」
大瀬がいた。
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