第16話 落日のアマツキ皇国
「特殊な刻印持ちがいるのか……!」
追手からは光の槍が飛んできていた。なんとか師匠が斬ってくれたが、民たちには動揺が走る。しかしそれで足が遅くなるのは状況が許してくれない。
「急げ! 早く渡るんだ!」
すでにカーラーンさんを始めとして、何人かが橋を渡り始めていた。久しぶりに見る橋をよく観察する。
(馬上で槍を振り回すことを考えれば、敵は多くても2列にならなくては橋を渡れない……!)
無理をして2列。安全を期すなら1列で渡るほうがいいだろう。そして木でできてはいるが、今は燃やすことができない。
(切り落とし……できなくはないが、時間がかかる……! とても追手がいる状況では難しい……!)
皇国が管理しているからか、わりと頑丈に作られているのだ。ならば……!
俺は橋の半ばまで駆けると、そこで足を止める。そして後ろを振り向いて刀を抜いた。
「ヴィル!?」
最後尾にいた師匠が俺の考えていることを察する。
「ならん! それはわしの役目だ! お前は先に行け!」
「……やです」
「ぬ……!?」
「いやなんです、もう……! 大切なものを……場所を失うのは……! このまま何もせずまた生きのびて……そこから何をすればいいのか、草原でどう生きればいいのか……! もうわけがわからないんですよ! 今日まで身につけたこの力……! ここでみんなの時間を稼げるのなら、それで本望っ!」
そう言うと刻印術を発動させ、両手に黒い手甲を出現させる。
俺は確かに強くなった。だがその強さでは皇国を守れなかった。自分の望む未来を掴み取ることができなかった。
しかし。ここでみんなの1分1秒が稼げるのなら。今日この時のために俺は強くなったのだと、初めて自分自身に胸を張れる。
「死ぬ気はありません……! 生きて、自分の人生に意味を……価値を見つけるっ! 師匠、お願いします……!」
思えば師匠に対して面と反抗したのは初めてだ。だが師匠は優しい目で俺の決意をくみ取ってくれた。
「ならば我が最後の弟子よ。お前はここでわしと居残りだ」
「はい……!」
「死ぬことは許さぬ。お前もまだ若い……いいな、ここである程度馬と敵兵の死体を積んだら。我らも橋を渡るぞ」
橋の幅は広いとはいえ、馬と敵兵を積み上げれば馬での通り抜けは難しくなる。その間に橋の向こう側へ移動し、できた時間で橋を落とす。そういうことだろう。
「……くるぞ!」
帝国軍はやはり2列になって橋を渡ってきた。まっすぐにこちらへ向かってくる。
「ふんっ! 犠牲を覚悟で残ったかぁ!」
「このまま踏みつぶしてくれよう!」
馬上から槍が振るわれる。俺は腰を落として駆けだすと、槍の下をくぐり抜ける。そして真上へ飛んで敵兵の首を斬り飛ばした。
「…………っ!」
そのまま馬の足も斬り、その場で倒れさせる。生暖かい返り血が付着し、鉄の匂いが気持ち悪い。しかし敵は次から次へと向かってきている。
「おのれっ!」
「辺境の蛮族如きがぁ!」
続いて振るわれる槍に対し、俺は刀を横に向けて受け流す。そして前進しながら距離を詰め、渾身の力で馬ごと敵兵の胴体を斬り裂く。
「ぐぅ……!」
隣を見れば師匠も敵兵と馬を仕留めていた。
いけるか……!? いや、敵はまだまだ数が多い。対してこちらは2人、体力の限界はどうしても訪れる。
「ええい、何をしておる! 相手はたったの2人、全員で突っ込め! あの皇国人どもを踏み砕けぇ!」
敵の指揮官らしき男が大声で命令を出す。
まずい……! さすがに一度に来られたら、ひとたまりもない……!
1人2人は斬れても、物量で押しつぶされてしまうだろう。だが敵兵たちはやや戸惑っていた。
「早く行けぇ! 俺の命令が聞けないのかぁ!」
再び怒声が響き、騎兵が突撃してくる。その瞬間、橋が大きく揺れた。
「く……!」
「無茶をしおる……! ヴィル! いつでも走れるように準備しておけ! 橋がもつか分からん!」
馬も武器を持った兵士も、かなりの重さがある。そのため敵も一度に橋を渡る人数に慎重になっていたのだろう。
だが今はかなりの数の騎兵が、橋を大きく揺らしながら突撃してきている。足場もおぼつかないし、場所取りも難しいぞ……!
「おおおお!」
それでも敵は向かってくるので、戦い続けるしかない。
俺は騎兵たちを渋滞させ、衝突させようと地面すれすれまで腰を落として馬の足を狙う。だが丁度その時、橋は一際大きく揺れた。
「うわ!」
「ヒヒィィィン!」
「し、鎮まれ!」
俺たちが立っていた場所は、橋の真ん中あたり。つまり一番揺れが激しい場所だ。
さっきまで上下に揺れていた橋は、今は左右にも大きく揺れていた。いろんなところからミシミシといやな音が鳴り続けている。
そこにあまりの揺れに馬が暴れたため、一瞬ではあったが敵兵の動きが止まった。
「ヴィル! こうなっては仕方がない! 一度向こうに渡るぞ!」
「はい!」
そうして真後ろを向いた時だった。師匠は既に少し先へ進んでいたが、急に妙な浮遊感が襲い掛かる。
「………………!」
そして後方から聞こえてくる悲鳴。間違いない、とうとう橋が壊れたのだ。
「くぅ!」
真っ二つに割れた橋は足場が段々垂直になっていく。俺は軽やかな身のこなしでできる限り前に進み、橋が完全に垂直になった時にはどうにか端にある縄を掴んだ。
「ぐっ!?」
落ちはしなかったが、縄に掴まっていたため身体が向こう岸の崖に叩きつけられる。
師匠も同じく上の方で縄を掴んでいたが、俺の姿を見て安心した表情を見せていた。
「橋を斬り落とす手間がはぶけたわい。さっさと上がるぞ!」
「はい……!」
師匠はもともと橋の上の方にいたので、さっさと登りきってしまう。俺も刀を鞘に戻すと、両手を使って縄を上がり始めた。
(よかった……! どうにかみんな無事に渡りきることができた……! これで敵もしばらくは追ってこれない……!)
初めて自分の身につけた実力に意味を見出せた気がする。そんな思いを抱き、真上で待つ師匠を目指して……。
「ヴィル!」
師匠の叫びが耳を打つ。その瞬間、さっきも見た光の槍が真横に突き刺さった。
「な……!」
後ろを振り向くと、敵指揮官らしき男が何かを叫びながら飛び跳ねている。
俺たちを逃がしてしまったのが、よほど悔しいのだろう。腹いせにまだ橋を登りきれていない俺を狙ったに違いない。
「早く! 早く上がってこい!」
このまま的になるのはごめんだ……!
俺は焦りながら橋を登り続ける。だが次に飛んできた光の槍は、俺の真上に突き刺さった。
「あ……」
その槍は掴んでいた縄を貫いていた。師匠が両目を大きく見開いて俺を覗き込んでいるのが見える。
だがその距離がみるみる離れていく。そして。
「ぐぁ……!?」
俺は流れの速い川の中へと吸い込まれてしまった。
■
「……マイバルめ!」
鉄剛騎士団団長アドルドンは、マイバルの独断行動に強い怒りを覚えていた。彼はまだ日が昇っていないうちから騎兵を起こし、勝手に軍事行動に出たのだ。
皇都北から出たあやしい集団を追うのはいい。だがマイバルであれば、その集団に民間人がいようが必ず暴虐の限りを尽くす。
別にそれ自体を否定するわけではない。帝国の歴史は力による支配と、特権階級による搾取だからだ。いい悪いの話ではなく、そうして歴史を積み重ねてきた。
しかし今は時期と相手が悪い。これ以上武人との戦い以外で、皇国人をいたずらに刺激したくはなかった。
侵略軍総大将であるアドルドンにそう思わせただけでも、武人たちの強さとこれまでの戦いぶりには意味があると言えるだろう。
「間に合えばいいが……」
すでに自分の部隊に後を追わせている。皇都から脱出した者を見つけたら、ただちに手厚い保護をするようにと伝えてあった。
おかげで皇都を攻略する上での部隊分けをまた考え直さねばならない。なにせ十中八九、皇国は降参しないからだ。
「……4……いや、5日か……」
帝国軍が皇都を完全に支配下に置く時間を目算する。
だがこの後、皇国軍は予想以上の抵抗を繰り返し、皇都を完全に占領下に置くまで20日かかった。
さらに皇族は最後に自決し、帝国は長きに渡って武人たちから遊撃戦を挑まれることになる。
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