第14話 慎重なアドルドン 動くマイバル

 そして次の日。師匠の話していた通り、皇王から皇都に残る民たちに布告が出された。


 あらかじめ話を聞いていた俺はともかく、他の武人や今も避難せず皇都に残る民たちは、これからの皇国に対し不安を抱いていた。


 だがやはり武人のほとんどは傭兵となり、皇王に雇われる道を選んだ。このまま皇王と最後を共にするという覚悟を決めた者もいれば、新たな支配者となる帝国にゲリラ戦を仕掛けるつもりの者もいるだろう。


 中には財宝を持って皇都を出る者もいた。帝国軍にみすみす渡すつもりはない、ということかもしれない。そしてキヨカは。


「皇都に残るわ」


「そうか……」


 俺がカーラーンさんと一緒に皇都を出ることは知っていたが、ここに残って帝国の支配に抗う準備を進めるらしい。


「それに……あのバカを待ってあげないといけないし、ね」


「……キヨカ」


「なぁに、その顔。今生の別れじゃないでしょ? ほら、ヴィルにはヴィルのやるべきことがあるんだし。……皇族の血が残れば、いつかアマツキ皇国の再興が叶うかもしれない。責任重大よ?」


「ああ。そうだな……」


そうして俺はキヨカと別れの挨拶を済ませた。……くそ!


「くそ! くそ! くそ! くそぉ……!」


 気づけば路地裏に入り、俺は壁を殴りつけていた。悔しいのだ、たまらなく。情けないのだ、この上なく。


 また俺は……こうして大切な居場所を失い、逃げるのか。なぜだ。どうして俺はいつも奪われる……!?


「立場……強さ……?」


 帝国に居た時は、俺が皇帝一族だったために狙われた。そして力が無かった故に母上を守れなかった。


 今は強くなったのに、武人という立場ではどうしようもなく時世に抗えない。俺が身に着けた強さは……なんだったんだ……?


 答えは出ない。いや、出せない。これまでの人生を……身につけた強さを疑うことになりかねない。それは自分自身を否定することになる。


 そんななんと言ったらいいのか分からない感情を胸に、俺はカーラーンさんと師匠の待つ屋敷へ向かった。





(予想よりも皇国人の帝国に対する敵意が強い……な)


 アドルドンは幕舎の中で思考を深めていた。やはり皇国人と帝国人はその考えや性格が大きく異なる。


 片や大陸に版図を広げ続けてきた大国、片や領土野心を持たず独自の文化を形成してきた小国。


 両者違うと言うのは当たり前と言えば当たり前だが、普通なら降参する場面でも、皇国人はたとえ死んでも最後まで戦う……という者が多いのだ。


「アドルドン様。いかがされましたか?」


 幕舎には今、アドルドンの他に2人の指揮官がいた。それぞれ3つに分けた軍の1つを指揮し、皇都まで部隊を率いてきた者たちだ。アドルドンの信頼する腹心たちでもある。


「皇都占領後のことを考えていた」


「……このままではレジスタンスを生み出しかねませんからね」


「皇国を支配したがために、今度はこの地から内乱が起こる……そんな事態は避けねばなりません」


 アドルドンも皇国の情報を集めはいても、皇国人の性格までは意識していなかった。今さらではあるが略奪は一切行わず、敵に対しても礼儀を尽くす態度を示しておくべきだったかもしれない。


 彼ら……特に武人は勇敢で武を貴ぶ。戦いにおいて高潔な思想……と言っていいのかは分からないが、ただ蹂躙する帝国人とは争いに対して抱えているものが違うとは感じる。


 帝国のやり方では、彼らの心をますます硬化させるだろう。


「……皇族は全員生かして捕えよ。決して手荒な真似はせず、丁重に扱うのだ」


「はい。皇都に来るまでに思い知りましたよ。皇国人は皇族を心から慕っている」


「もし帝国人が皇族を害せば……皇国民は全員が死兵となって襲い掛かってくるかもしれません」


 そうなっても勝つのは帝国軍だ。だが必要のない被害を受けるのは必至。


 まだ帝国統一も成っていないのに、こんなところで練度の高い貴重な兵力を失うわけにはいかない。ここまで鍛え上げるのにかなりの時間と物資、資金がかかっているのだから。


「これが帝国の地方領主との戦いであれば、初戦の敗北で即座に降伏していたであろうに……な」


「ええ。圧倒的不利が分かっていても、決して折れずに立ち向かう……。とくに武人は大陸においても精強な兵と言えましょう」


「聞いていたとおり、強力な身体能力向上の刻印術を持つ者も多いですしね。辺境の小国だと侮っていました」


 刻印を持つ者が発現する能力は、ほぼ身体能力向上系だ。そして皇国人は、帝国人の刻印持ちよりも優れた強化を行う者が多い。


 鉄剛重装隊はとくに身体能力の強化に優れた者を集めた部隊だが、彼らの中からも何名か死者を出していた。信じられないことに、黒鉄の鎧ごと斬られたのだ。


「おそらくあの武器……カタナにも秘密がある。あれだけ戦い続けているのに、折れた物はほとんど見ておらん」


「確かに……。あのような細見の曲刀、少し盾で防げば簡単に折れそうなものなのに」


「それに切れ味がすさまじい」


 これまで皇国と関わってきた国は少なく、かつ皇国人自身もあまり国外に出ないので、彼らの文化についてはよく伝わっていないのだ。


「しかし……そういうことであれば、マイバル殿を北に配置したのは正解でしたね」


「ええ。あの方であれば、皇都に入るなり略奪をしかねません。それはより強い皇国人の反発を生むでしょう。それに皇族に対しても丁重な扱いができるとは思え……いえ、なんでもありません」


「ほとんど言っておるではないか」


 ふ……と、幕舎内に柔らかい空気が流れる。アドルドン自身、これ以上マイバルの行動にかき回されたくないので、彼を皇都の北に配置させたのだ。


 戦いが始まっても皇都の北側に距離を詰めるだけで、決して中に入らないようにと言ってある。


 しかし武人の強さを知った今、やはり帝国のためにも彼らが欲しいとも思う。彼らを上手く新生帝国軍に取り込めれば、帝国統一も早くなる。そしてそのためにも皇族は絶対に殺すわけにはいかない。


 反乱の芽にもなりえるが、武人をコントロールするための人質にもなるのだから。


「降伏勧告を打診しに行った使者は、明日の夕方に戻ってくる。何かするにせよ、それからだ。それまでは絶対に勝手な行動はとるなよ」


「はっ!」


「心得ております。……もし使者が戻ってこなかった場合は?」


「その時は……2日後。皇都へ進軍を開始する」


 いくら皇国を評価しているとは言え、それとこれは話が別だ。


 それに鉄剛騎士団の目的はアマツキ皇国の占領。これこそが第一目標であり、それ以外の目標は優先順位が下がる。


 アドルドンは2人とあらゆる事態を想定し、またそれに応じた対処方も勘案していく。そして今後の方針をしっかりと定められたところで、腹心2人はそれぞれの指揮する部隊へと戻っていった。


(さて……一番いいのは、このまま降伏してくれることだが。その可能性は10%くらいか)





 そして次の日。今日戻ってくる予定の使者の返答次第で、帝国軍がどう出るか決まる。マイバルはそんなことをボゥっと考えながら珍しく早起きしていた。


 幕舎の隅には鎖で拘束された10人もの皇国人女性が、裸で転がっている。使者の返答を待つまでの間、することもなく暇なので、昨日は昼から部下たちとずっと幕舎でまぐわっていたのだ。


 時間の感覚がおかしくなり変な時間に寝たため、普段ならまだ寝ている時間に目を覚ましてしまった。


「……ふん」


 空を見ても日が昇るかどうか……といったところだ。外は真っ暗ではないが、完全に明るくなるまでしばらく時間がかかるだろう。


 起きてしまったものは仕方がない。マイバルは幕舎に転がっている女の中から適当なのを選び、朝勃ちを鎮めようと考える。


 そして1人の女に手を伸ばそうとしたところで、幕舎に人が入ってきた。


「マイバル様!」


「うん?」


 見ればそこには私兵のブリスが立っていた。ブリスは戦場でもよく働き、いつもマイバルに美女を連れてくるため、今では随分とお気に入りになっている。


「なんだ、おまえもヤりすぎてこんな時間に目を覚ましたのか?」


「え……ええ……。そ、それより! さきほど川に顔を洗いに行ったのですが……! 皇都北部から、武装した少数の集団が出て行ったのを見たのです!」


「なに……?」


 まだ日が昇っていないのにも関わらず、皇都を出る集団。しかも武装しているということは、平民だけではない。こんな時間にわざわざ北へ抜けるということは。


「でかした……! 間違いない、皇族が逃げるつもりだ……!」


「ええ、俺もそう思います。やたら周囲を警戒している様子でしたし、我々の軍を大きく迂回する道を進んでいましたから」


「すぐに兵士どもを起こせ! 騎士団よりも先に手柄をたてるのだ!」


「……いいのですか? 使者が帰るまでは軍を動かすなと……」


「どうせ帰ってこん! 今日が返事の日だが、帰ってこないものとして我らは動く! そもそも……! 辺境の皇国人ごときに、時間を与えてやる必要もないのだ……!」

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