第13話 皇王の決断
皇都に帝国兵が姿を見せて5日が経過していた。まだ敵に動きは見えない。
「あいつら……こっちの食料がなくなるのを待っているのかしら……?」
「どうかな。あるいは戦意を喪失させる目的があるのかも知れない」
皇都に撤退するまでの約1ヶ月、俺たちは何度も乱戦を経験した。そしてその戦いの中で、マサオミは行方不明になった。
キヨカは皇都まで戻ってこられたが、しばらく待ってもマサオミは帰ってこなかった。
皇都に残る戦力はあとどれくらいなのか。ここから先、帝国軍に対して何か策はあるのか。そうしたことは末端まで伝わってこない。
ただ一つ確かなこと。それはこのままだと、また俺は自分の居場所を失うということだ。
「……時間だ。俺は行くよ」
「ええ。わたしは……ここでもうしばらくあのバカを待つわ」
俺はキヨカを残し、皇都の街中を歩き出す。皇都に戻ってから、俺にはカーラーンさんの護衛任務が言い渡されていた。
なんとカーラーンさん、まだ皇都に残っていたのだ。戦争が始まって皇族との交渉が長引き、結局皇都を出られなかったらしい。
「失礼します……。あ、師匠!?」
部屋の中にはカーラーンさんの他に師匠もいた。皇都に戻ってから師匠とは何度か会っているが、ここでカーラーンさんと一緒にいるのは初めて見る。
「おお、ちょうどよい。ヴィル、話がある」
「え……?」
師匠もカーラーンさんも真剣な表情を俺に向けている。間違いなくこれからのことについてだろう。
「今から話すことは、明日みんなにも伝わることなのだが……先にお前に教えておこうと思ってな」
「俺に……? いったいなんです……?」
「うむ。分かっておるだろうが、皇国は負ける」
「………………」
改めて現実を叩きつけられ、胸中に衝撃を受ける。他ならない師匠の口から出た言葉だ。重みが違う。
「皇都に残った兵数はおよそ7千。対して敵は2万近くおる」
「そんなに……!?」
帝国軍は侵攻初日、軍を3つに分けて皇国領に仕掛けてきた。そしてそのまま3つの軍は各々別ルートを辿って皇都を目指し、とうとうここで合流を果たしたのだ。
今の皇都に残された戦力と、帝国の戦力を聞いて愕然とした。ただでさえ練度の高い兵士が3倍近い兵数をそろえているのだ。どれだけ精強な武人を取り揃えても勝つのは難しいだろう。
俺は悔しさから両手で握りこぶしを作り、下を向いてわなわなと震わせていた。
「帝国軍の動きはわしも少し見たが。明らかに以前とは違う。何かきっかけがあったのだろう、寄せ集めの集団から一個の軍隊へと変わっておる」
帝国は長い内乱以前から元々戦争が多い国だった。対して皇国は個人の武を貴ぶ気風はあれど、集団戦の経験は少なく侵略戦争の経験もない。
当然、両者で軍や武具の進化は異なってくる。
「別にどちらが劣っている、優れているという話ではない。個の武勇は時として集団を圧倒するしな。だが今回は相手が入念な準備を整えておった」
帝国も領主連合も、ここ数年は大きな武力衝突が起こっていないという話だった。もしかしたら帝国は、皇国を使って今の騎士団の実力を計りにきたのかもしれない。
「皇王は最後まで降伏はせん。絶対にな」
「多くの皇国人の命がかかっていても……ですか?」
「そうだ。他ならぬ皇国人の多くがそれを望んでおらん。帝国に侵略された村々で何が行われたのか。知らぬわけではあるまい?」
「………………」
やつらは占領した先々で、容赦のない略奪を繰り返していた。
食料や財産を奪い、そして女を捕まえたら犯す。そんな帝国軍に降伏し、皇都を明け渡したら。町の人たちだけではない、貴族の姫やマヨ様がどうなるか。そんなの分かりきっている。
「皇王様はここに残る。そして……明日、ある布告を出す」
「布告……ですか?」
「うむ。アマツキ皇国は解散、以降民たちは好きにせよ。ただし。もし武人たちが傭兵団を結成するのなら、皇王はそれらを改めて雇う……と」
「え……え!? どど……どういう意味……です……!?」
混乱する俺をよそに、カーラーンさんは落ち着いている。既に師匠から聞いたのだろう。
「ようするに帝国軍を前に、戦うも退くも自由と言っておるのだ。逃げても罪には問わん。戦うのなら御所にある財宝は好きに使えと」
どうせこのままでは皇国は負ける。だが結果が決まった戦いに民全員を道連れにするのも忍びない。
中には小さな子供を持つ者もいるし、戦うより逃げたいと考える者も一定数はいるのだ。
「軍としては破れたが、この先帝国軍に対する嫌がらせも兼ねておる」
「と、いいますと……?」
「既に帝国軍の暴虐ぶりは皆の知るところだ。皇国民の中には大人しく従う者がおっても、内心反抗的な者も多いだろう。この地を奪ったからといって、簡単に権力者の言う通りにはならん」
まぁ……武力で奪われたのだ、新しい領主やら皇帝に忠誠は誓えないだろう。
「中には強力な力を持った武人も市井に紛れるだろう。夜には辻斬りも横行するのではないか」
ああ……それは帝国からしても面倒だろうな。たしかに軍団同士の争いより戦いづらい。しかも平民はそうした者たちの味方だ。いくらでも身を隠せるだろう。
「なら……なら、俺も……!」
このままやられっぱなしはいやだ。俺も皇都に残り、表面上は大人しく帝国の支配を受け入れる。
だが帝国貴族を中心に、斬り伏せてやる……! この命、続く限り……!
そんな暗い決心が固まりかけていたが、それに師匠は首を横に振る。
「お前の仕事はもう決まっておる」
「え?」
「ここに残らない武人やその家族と一緒に、草原へ向かうのだ」
「………………!」
バッとカーラーンさんを見る。彼はゆっくりとうなずいた。
「さすがに人数はしぼらせてもらうが……私ならここから草原まで案内できるからね。すでに皇王陛下より報酬もいただいている。私は案内人として草原へ戻るつもりだよ」
傭兵として雇われない武人や民たちの選択肢は限られている。大人しく帝国の支配を受け入れるか、見つかるまで隠れ続けるか。あるいは皇国の外へと逃げるか。
「ヴィルは既に傭兵として雇われることが決まっておる。ほれ、これがお前への報酬だ」
どうやら俺に関しては選択肢がなかったらしい。俺は師匠の渡してきた刀を受け取る。
「これは……」
半ばまで刀身を抜いてみる。実に見事な刀だった。見ているだけでどこか寒さを感じるような刃だ。
「皇桜鉄のみで作られた神秘の刀。桜月刀だ」
「………………!」
皇国の武人において、それを賜ることは何よりの名誉と言われる……高位武人のみが帯刀を許される、あの桜月刀が……! お、俺への報酬……!?
「しかし……! これを振るうには、まだまだ力不足と言いますか……!」
「なに、お前ならそれにふさわしい武人になるさ。それにの……わしのお古だから気にするな」
「え……」
師匠は皇国で唯一、2本も桜月刀を賜ったという武人らしい。2本目は皇国に戻ってきて直ぐに賜ったそうだ。
「ま、わしを皇国に縛り付けるために送られたものだったのだが……今はその話はいい。とにかく皇王からの報酬ではないが、十分だろう?」
「…………! ありがとうございます……! この刀に恥じない武人になることを、ここに誓います……!」
決して折れず錆びず刃こぼれしない名刀の中の名刀。それも師匠が使っていた……!
「うむ。さて……話を続けるかの。カーラーン殿と一緒に草原に行く者の中には皇族もおる」
「っ!?」
「マヨ様じゃ。実は皇王陛下より、マヨ様も連れて行ってほしいと言われての」
マヨ様も……! 草原はたしかに帝都も遠いし、身を隠せるかもしれないが。
長旅になるし、越えないといけない山や森もある。女の身……それも鍛えていない者には厳しいだろうな。
「心配しておるみたいだがな。マヨ様もああ見えて立派な皇族、しかもグノケインの血はとても濃い。刻印術による身体能力の強化もあるし、意外とバカにできんぞ」
言われてみれば、マヨ様も立派な刻印持ちの皇国人だった。
どういうわけか皇国人は身体能力強化の刻印術を持つ者が多いし、貴族としての血が濃いマヨ様の刻印にはすごい力が宿っているのかもしれない。
「明日は布告が出されるため、誰もが混乱しながらも決断を迫られる1日を過ごすだろう。マヨ様をお連れしてカーラーン殿と皇都を出るのは、2日後の早朝だ。それまで準備をしておけ」
「分かりました。……その間に敵が動き出したら?」
「それは大丈夫だ。今、使者が来ておっての。その返事の期限はまだだし、それまでは敵も動かんじゃろ」
なるほど……だからこそこのタイミングだったのか。とにかく俺のやるべきことは決まった。
キヨカは……どうするのかな。やっぱり武家の生まれだし、最後まで皇都に残るのだろうか。
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