第11話 初陣 激突する二国

 皇都からは武人と兵士合わせて6千人が送られてきた。他の2つの領地にも同数の防衛戦力が送られており、およそ2万人近い兵数で国境の守りを固めることになる。


「すげぇ数だな……!」


「ほんとね。でも……」


 一方で問題もあった。これだけの兵数全員は砦に入らないのだ。そのため新たに築いた防御陣地に寝泊まりする兵士も多かった。


 俺も経験あるが、外での睡眠は疲れが取れにくい。何より今はいつ帝国軍が姿を見せるか分からないし、緊張もあるだろう。


「なぁヴィル。ここからどうなると思う?」


「ん……?」


 マサオミは帝国方面から目を離さずに話しかけてくる。俺は気になっていたことを口に出した。


「不確定要素が多すぎる……正直、どう落としどころがつくのか分からない」


「不確定要素? 落としどころってのは?」


「敵戦力と……この戦争の終着点だ」


 皇国は武人と兵士を合わせると、およそ3万人を少し超えるくらいの戦力になる。


 それに対し、帝国はどれくらいの兵数を抱えており、そのうちどれくらいの戦力が皇国に向けられるのか。そしてその内訳は。こうした情報が分からないのだ。


 斥候も何人か出ているし、敵が動けば兵数は明らかになるだろうが……できれば先に知った上で、何か対策を練っておきたいところだ。


「でも帝国は食うのも困る土地が多く、兵士たちもひょろひょろで大したことないんだろ?」


「それは……まぁ、そうだな」


 一部騎士など、武人のような職業軍人はいるし、またその数も多い。だが徴兵した兵士の質は皇国人の方が上だと思う。


 単純にしっかり食べられているのと、平民でも男子は町道場で鍛えている者が多いのだ。町道場の多さも皇国の特徴だろう。


 一方で疑問もある。帝国と領主連合たちはここ数年、大きな衝突がなかった。もしかしたら帝国も今や、それなりに国力を取り戻しているのではないか。


「……10年前に師匠と旅をした時、兵士たちは確かにやせ細っている者が多かった」


「なら刻印を持つ騎士にだけ注意すれば、なんとかなりそうだな! ……で、落としどころってのは?」


「互いの勝敗を決める線引きはどこか……だな」


 帝国は自国の領民が殺された、その報復を行うという名目で戦争を仕掛けてきた。皇国はふざけるな、来るなら返り討ちだと戦の準備を進めた。


 だが帝国の真の狙いは、皇国の侵略だ。おそらく皇都を占領するまで戦い続けるだろう。


 しかしここで俺たちが帝国の侵攻を食い止め続け、予想外の被害を帝国にもたらせたらどうなるか。そのまま引いて落としどころを探ってくるのか、さらに増援を呼んで最後まで戦い続けるのか。


 また皇国は攻め込まずに守りに徹するため、何をもって戦争に勝利したと取るか。ある程度打撃を与えたら話し合いで手打ちにするのか。そうした諸々が見えてこない。


(要するに俺たちは、こうすれば勝ちだ! ……とういう、国としての勝利条件が掴めないまま、迫ってくる敵と戦うことになる。いずれそれが皇国の勝利に繋がると信じて……)


 いや……もしかしたら上層部はその辺りを考えているかも知れない。まぁ武人とはいえ末端の兵だし、俺たちはやはりここで戦うしかないな。





 そうして2日が経った時だった。斥候から帝国軍が動いたという情報が入り、俺たちは砦を出て防御陣地で待ち構える。そしてそれは現れた。


「来たか……」


 斥候の報告によると、敵軍はおよそ5千。大軍だけあり、大地を揺るがず音が響いてくる。砦の上から声が届いてきた。


「敵、密集陣形! 弓兵確認! ……前進を開始しました!」


 いよいよ来たか……! 隊列を見れば分かる、想像していたよりも練度が高そうだ……! 


 よく見れば右端の部隊は動きに乱れがある。誘いか……?


「弓! きます!」


「全員、防御陣地を利用してやりすごせ!」


 防御陣地は柵の配置の他、石垣を高く積み上げている。兵士たちはそうした壁際に移動し、飛んでくる弓をやりすごした。


「第二射、きます!」


 今度も難なくやりすごす。しかし……兵数の割に、全然矢が飛んできていないような……?


「歩兵隊、前進!」


 二度に渡る弓射でこちらの防御の高さを理解したのか、軽装歩兵が槍と盾を構えて向かってきた。いよいよ来るか……!


「前に出ろ! 横陣で対応、敵を絶対に通すな!」


「おおおお!」


 俺たちも石垣から出て前に出る。さすがに今から矢を放てば味方への誤射が起こりかねないため、もう射ってくることはないだろう。


「柵はあまり役に立たなかったな……!」


 騎馬による突撃を食い止めるため、先端部を削った木の柵を設置していたのだが。歩兵たちはそれらを越えてきた。そして俺たちはいよいよ帝国軍と衝突する。


「うおおおおおおお!」


「ぎゃっ!」


「この……!」


「帝国の犬どもがぁ!」


「しねぇ!」


 基本的に武人の周囲に複数の兵士が展開する形で横陣を敷いている。戦力の均一化を計っているのだ。俺も向かってくる敵兵に対し、ためらわず刀を振るった。


「はっ!」


 向けられた槍の穂先を刀で弾き、一瞬で懐まで移動する。そしてその胴体を斬り、また真横に振り抜いて別の敵兵も斬る。


 押されている箇所にはすぐに援護に向かい、また敵兵を斬る。こんな戦い方をしていれば、刀なんぞすぐに折れてしまうだろう。だが。


(さすがは皇桜鉄で作られた刀……! まだまだいける……!)


 今回の戦争に備え、前線の武人には特殊な刀が支給されていた。通常の鉄とは違い、皇桜鉄という特殊な技法で作られた金属。それで鍛えられた業物だ。


 皇桜鉄製の刀は決して折れず錆びず刃こぼれしないという、神秘の刀だ。これらは近衛など一部の武人が皇族より賜る。


 俺たちに支給されたのは、その皇桜鉄と普通の鉄を混ぜて作られたものだった。皇桜鉄100%の刀に比べるといくらか落ちるものの、普通の刀よりも頑丈だ。


「おおおお!」


 何人目になるか分からない敵兵を斬り伏せる。


「敵の方が数が多い! 1対1は避けろ! 持ちこたえたら俺たち武人が向かう!」


「おおおお!」


 く……! さすがに腕がしびれてきた……! 刻印術を使うか……!?


 見れば周囲の武人の中にはすでに刻印術を使っている者がいた。


 刻印術は強力だが、使用時間など制限もある。使いどころは慎重にいきたい……が、慎重すぎて使わなかった結果、死にましたというのは避けたい。


「はぁ、はぁ……!」


 周囲には皇国軍兵士の死体も転がっていた。


 むせるような血の匂い、動き続けなければ死ぬという恐怖。絶えることのない怒声と悲鳴。自分と味方のために戦わなければという義務感。感覚が鈍くなっていく腕。


(これが……戦場……!)


 マサオミは、キヨカは。今も無事なのだろうか。いや、他人の心配をしている場合じゃない。今は自分が生き残り、敵を斬り続けなければ……!


「うおおおおおおおおお!」


 身体に活を入れるべく、大きく叫んで刀を振るう。もう二度と……失いたくない。自分の居場所は自分で守る……!


「…………!?」


 その時だった。敵兵たちが急に反転し、後方に下がり始める。なんだ……なにが起こった……!?


「逃げていくぞ!」


「勝った……!」


「やはり帝国兵なんて敵じゃない!」


「追撃だ! 逃がすな、死んでいったみんなの仇を取れ!」


「皇族の敵に死を!」


 誰かが逃げる敵兵士を追いかけ始め、それにつられるように他の兵士たちも前に出始める。


「お……おい……!」


 このまま追撃していいのか……!? 


 だがたしかに、ここで敵兵は徹底的に叩いておきたい。皇国の守りは堅いのだと知らしめたい。


「行けぇ! 敵を逃がすなっ!」


 改めて追撃の指示が下る。こうなると考えるのは時間の無駄だ、俺も前へと駆けだす。


 そうだ、俺たちは勝っているんだ……! 兵力で劣る分を、個々の強さで補えたんだ……!


 俺たちが追いかけ始めたことで、敵兵はより慌てた様子で逃げ出す。中には武器や防具をその場で捨てる者もいた。


(いける……! 俺たちの勝ちだ……!)


 そして。逃げる敵兵が左右に割れたと思ったら、正面から重武装の歩兵集団が姿を見せた。





「ふん……初戦で決着がつきそうだな」


 アドルドンは戦場の後方で報告を聞き、勝利を確信し始めていた。


 彼は騎士団と領軍を約7千の部隊3つに分け、皇国に対し3方向から同時に侵攻を開始した。いずれも皇国における玄関口となる領地だ。


 そして7千の部隊を、さらに5千と2千に分けた。5千の部隊には軽装歩兵と少数の弓兵を中心に編成し、守りを固めている敵に対し先手をしかけさせる。


 そして戦いが始まると、後方に伏せていた2千の部隊を前進させた。


(やはり戦においては経験が足りておらんな。急造の割に防御陣地はそれなりだが……守りを固める敵に対し、兵力をどう戦場に引っ張りだすか。そこは侵攻側の腕の見せ所だ)


 後方にいた2千の兵士は鉄剛騎士団の虎の子、鉄剛重装隊を中心とした編成になっている。1人1人が大柄な男性で、黒塗りの重装鎧を身に着けている精鋭集団だ。


 敵の攻撃などものともせず、その鍛え抜かれた肉体で立ちふさがる者を粉砕しながらただ突き進む。欠点は動きが遅く、また水や食料の消費量が多いことだ。


 少し前の帝国であればこうした専門性に特化した部隊は作れなかったが、今の騎士総代が改革を進めたことで生まれたスペシャリストたちになる。


「そろそろか……。合図を出せ! 鉄剛重装隊、出るぞ!」


「はっ!」


 前線で戦っていた兵士たちに撤退の合図を出す。同時にアドルドンは鉄剛重装隊を率いて前進を開始した。


(やはり……のってきたか)


 おそらく皇国には、戦場を俯瞰して見ることができる者が少ないのだろう。目の前の敵に意識が集中し過ぎており、撤退を許さず追いすがってくる。


 この5千の兵士による撤退も、鉄剛重装隊の姿をギリギリまで隠す役割を果たさせていた。


 彼らはなるべく重装隊の姿が見えないようにと、自分たちの身体で敵の視界を塞がせる。そして重装隊と衝突しないように左右に割れてもらい、重装隊たちは目の前に現れた道を堂々と歩く。


「粉砕せよっ!」


「はっ!」


 逃げた敵兵を追いかけていた皇国兵からすれば、急に目の前に戦列を敷いた黒鉄の集団が現れたのだ。なにごとかと混乱するだろう。


「ふんっ!」


 頑丈さを突き詰めたような武骨な槍で、皇国兵たちを薙ぎ払う。武人らしき男が片刃の剣を振ってきたが、アドルドンは冷静に盾で受け止めた。


「なに……!?」


「あまいわぁ!」


 武人も戦い続けて疲労が溜まっていたのだろう。接近したのは見事だったし、剣が折れていないことからも相当質の高い武器だと分かる。


 そんな評価を降しながら、アドルドンは槍を振るって武人の胴体を貫いた。そのまま見えるように上空へと放り投げる。


「ああ!?」


「そ、そんな……」


「武人様が!?」


 敵兵に分かりやすく動揺が広がる。そしてこれを逃すアドルドンたちではない。


 気付けば2千の重装歩兵たちの両翼は、撤退していた兵士たちが反転して固めており、敵を包囲するような新たな鶴翼陣が完成していた。


 この練度の高さこそ今の帝国騎士団である。


「進めぇ!」


「おおおおおおおお!」


 皇国軍は撤退した帝国兵を追って、ほとんど砦から出てきている。しかも陣形もなにもなく、体力も消耗している状態だ。


 この地を抜けるのも時間の問題だろう。

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