第10話 衝突寸前の二国

 皇都からの急報を受け、砦では武人たちを集めて会議が行われていた。この砦の武人たちをまとめる高位武人、カイさんは壇上に上がる。


「カイさん。どういうことです……?」


「帝国との戦争に備えよとは、いったい何があったのでしょう」


「先日通した使者と何か関係が……?」


 カイさんは一度溜息を吐くと、顔を上げた。


「帝国は我が国に対し、無礼千万な要求を突きつけてきた。皇王様はこれに対し、断固とした態度を取られたのだ」


 カイさんは改めて事の経緯を話してくれる。何でも帝国は皇国に対し、不平等な商取引を求めてきたらしい。


 また草原の民から献上された馬は元々帝国に献上されるものだったので、全て引き渡すようにとも言ってきていた。


「ばかな……!」


「アマツキ皇国を帝国の属国だと勘違いしておるのか……!?」


「今の大陸を混乱させている元凶が……!」


 これは……まずいな。あれから多少なりとも帝国のやり方を学習したから分かる。間違いなく帝国は皇国を侵略する気だ。


 最初に少し無茶なくらいの条件を突きつけ、従うかどうかを試す。歯向かってきたら理由をつけて、兵力にものを言わせた侵攻を開始する。従えばさらに無茶な要求を繰り返してくるのだ。


「落ち着け。今のはかなり前の話だ」


「え……?」


「皇王様は初めからまともに取り合う気はなく、返事を送っていなかった。そんな中、現れたのが先の使者なのだが……」


 使者が言うには、皇国は帝国領に踏み入り、そこで領民を一方的に虐殺したらしい。


 この賠償に皇族の姫、マヨ様の身柄引き渡しや賠償金の支払い、その他一部権利の譲渡を迫ってきたとのことだった。


「はぁ!?」


「なに言ってんだ!?」


「我らが、帝国領に押し入って虐殺しただと!?」


「ばかな! 誇り高き武人が虐殺などするものか!」


 おそらく俺たちが斬った賊たちのことを言っているのだろう。こじつけがすぎるが、大国が黒と言えば白いものも黒くなる。またそれができるだけの力を帝国は取り戻したのだろう。


 帝国内では多くの民たちが殺されたことに対し、皇国に対し報復すべしという意見が大勢をしめつつある。まだ今なら条件を飲めば、そうした貴族たちの声を押さえることができるぞ……と、使者は語ったそうだ。それに対し、皇王がとった判断は。


「使者の首を斬り、それを帝国に送り返した」


「……………!」


 使者の首を……! 皇王は覚悟を決めたのか……!


 しかし帝国と戦えば、皇国とてただでは済まない。それが分かっていないはずはないだろう。


 もう少し話し合いの余地はなかったのか……と考えていたが、周囲の武人たちは全員皇王の行動に賛同を示していた。


「当然だ!」


「無礼な……! マヨ様の身柄引き渡しなど、とうてい許されるものではないっ!」


「あくまで属国の扱いを行うか……! 何様のつもりだ……!」


 ……そうだった。皇族が絡むと皇国人は引き下がらなくなる。身柄の引き渡しはどう考えても人質だし、女の身で行けば碌な目に合わないだろうというのは想像がつく。


 帝国もそれが分かって挑発していたのなら大したものだが、たぶんたまたまだろう。だが、と俺は口を開く。


「帝国の兵数は間違いなく皇国を上回っているでしょう。質は皇国に分があるでしょうが……」


 いざ戦いになれば、勝てるかはかなり難しいのではないか。しかし武人たちは何を言うと眉を吊り上げた。


「帝国の兵など、たいしたことはあるまい!」


「そうだ! 我ら武人は並の兵士如き何人こようが、決して遅れはとらぬ!」


「帝国の奴らに教えてやるのだ……! 皇国武人の精強さをな!」


 精強さは認めている。俺もそこらの兵士に負ける気はない。


 だがいくら個人の武が優れていても、数で押される可能性は十分にある。体力に限界があるからだ。


 また帝国も国土が広いだけあり、人口が多い。当然、貴族の数や刻印持ちの数も多いのだ。


 刻印持ち全員が武官向きではないとはいえ、一般兵士より強い戦力になるのは間違いない。


「ヴィル! お前も今は皇国の武人なのだ、今日まで鍛えてきた己の力を信じろ!」


 どうやら自分の実力に自信が持てなくなっていると思われたらしい。そうではないのだが……しかし今は皇国の武人であることは確かだ。


 おそらくもう戦いは避けられない。そもそも皇国人は避ける気がない。こうなれば徹底抗戦するつもりだ。


「………………」


 おそらくここが俺にとって覚悟を決める時なんだろう。


 二度と居場所を奪われないために。そしてそのために身につけてきた力で。全力で正面から立ち向かう時……!


「……すみません、弱気になっていたようです。覚悟は決まりました。やりましょう……!」


「おう!」


「皇都から物資を持った軍が向かっている。直に帝国も攻めてくるはずだ。防御陣地を作るぞ!」


「おお!」


 そう言えばカーラーンさん。皇都からもう出たのだろうか。


 少し気になったが、その日から俺は兵士たちと柵を作ったりして、防御陣地作成のために働いた。





 マイバル・カルドートはカルドート領に来た帝国騎士団を領主邸で歓迎していた。今は騎士団長と部屋で酒を飲み交わしているところだ。


 2人とも対面で豪華なソファに座っていたが、その両隣にはほとんど裸のような、薄布を巻いただけの女性が侍っていた。


 胸元は乳首がはっきりと浮いているし、股間は透けているため女性器の形もよく見える。後ろから見れば背中と尻は丸見えだ。


 酒や料理を運ぶ女性たちも全員同じ恰好をしていた。


「遠いところよくぞ来られた、アドルドン殿。さぁさ、我が家で疲れを癒してくれ」


 アドルドン・ノーグレスト。数ある帝国騎士団の一つ、鉄剛騎士団の団長である。


 彼はかなり大柄な体格をしており、顔や腕にも細かな傷が見える。ずっと前線で戦い続けてきた歴戦の騎士という風格が全身からにじみ出ていた。


「……彼女たちは?」


「お気に召しましたかな? あなた方を迎えさせるため、近隣の村から出稼ぎに来させたのです。指揮官たちの慰労に、何人でも連れて帰ってもらって構いませんよ」


 屋敷の外からも普段とは違い、騒がしい声が聞こえてくる。領都に入り込んだ騎士や兵士たちが、マイバルの振る舞った酒や食事に気をよくしているのだ。


「しかし先の戦争で活躍されたアドルドン殿が来られるとは……。中央も本気なのですな」


「かつて騎士の1人として、この地にあった国を攻め込んだこともある。土地勘があるだろうと言われたのだが……皇国なんぞ行ったこともないのにな」


 ふっ、とアドルドンは笑う。騎士団長になる前、彼はこの地で戦ったことがあるのだ。その時のことを思い出し、腕の傷をさする。


 マイバルは隣に座る女を抱きよせると、その胸を強く掴んだ。痛みが走ったのか、女は表情を崩す。


「しかし……騎馬隊がほとんど見当たらないのですが……?」


「ああ。編成していないわけではないのだが、皇国は山と森が多いと聞く。歩兵の方が戦いやすかろうと思ったのだ。何より我ら鉄剛騎士団には、鉄壁の守りを誇る重装歩兵がいるからな」


「噂に聞く鉄剛重装隊ですな」


 空になった杯に、女は怯えた表情で酒を注ぐ。それを飲みながらアドルドンはそうだ、と頷いた。


「今の騎士総代が行った改革の賜物だ。我が騎士団とマイバル殿の領兵、合わせれば兵数2万5千に届く。皇国を落とすのに十分な戦力だろう」


 マイバルは女の胸を揉んでいた手を離し、今度は股間の中へと指を這わせる。女は怯えた表情を浮かべていたが、席を立つことなくその場に座り続けた。


「ですな! ……しかし皇国の武人は実際、相当練度が高いとも聞きます。現に長く他国からの侵略を受けてきませんでしたからな」


 地政学的に面する国家は常に1つだけであり、またこれまで他国を侵略したこともされたこともない。歴史の長さで言えば帝国より長いくらいだ。


 小国ではあるが、もしかしたら面倒なことになる可能性もあるのでは……と、マイバルは考えていたが、アドルドンは静かに笑みを浮かべた。


「今回、陛下より皇国を侵略する騎士団の総大将を拝命いたしましたからな。皇国のことはそれなりに調べてきております」


「ほう……?」


「あの国は基本的に領土を広げず、また隣接する国とはそれなりの付き合いをすることで独立を保ってきました。過去一度として皇族を婚姻に出したこともなく、またそれ故に皇族を中心とした統治システムを上手く作り上げている……が。あくまで小国だから成り立つという話」


 そもそも皇国は歴史上、大国と隣接したことがなかったのだ。帝国と隣接した時、ちょうど内乱が始まったこともあり、これまで皇国は帝国と深く親交を持ってこなかった。


「ようするに……あの国は大軍を動員した戦というものを知らぬのですよ。確かに優れた武人の数は多い。だが戦場で個の武力が戦局を左右するには……一部の刻印持ちを除いて不可能だ」


 皇国とてこれまで侵攻してきた他国の軍とは戦ってきた。しかしそれらの国は今の帝国ほどの国力を持っていたわけではない。


 そして国家間の繋がりが薄く、血は濃いが貴族の数は少ない。武人は精強でもそれだけで戦の勝敗は決するわけでもない。


「皇帝陛下は皇族の姫をお求めです。彼の姫を手に入れれば、武人たちも陛下の手足となって働かざるをえませんからな」


「ええ。それに皇国は国の規模のわりに、いろいろため込んでいますからな。帝国の財政も潤うでしょう」


 アドルドンは今回の侵略にあたり、皇族は最低でも姫……マヨだけは絶対に生かして捕えるようにと厳命されていた。それ以外の皇族については、現場の判断に任せるとも。


「ではマイバル殿。軍議は明日、行いましょう。……この部屋の女、連れ帰っても?」


「お……おお、もちろんです!」


 そうしてアドルドンは自分用に2人、それ以外の女を部下たちに下げ渡して部屋へと戻った。

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