第9話 現れた賊 現れた使者

 アマツキ皇国の統治制度は、帝国と比べるとすこし変わっている。


 領主は教育を受けた貴族から選ばれ、世襲制ではないのだ。さらに任期が定められており、一つの領地に長くとどまることもない。


 それだと領地のこともよく理解していない者が、次の領主になるのでないか。そう思っていたのだが、皇国はこれで上手く回っていた。


 まず領主業務が定期的に引き継がれるため、誰が領主となっても直ぐに仕事ができるように引き継ぎ資料が作られているのだ。もちろん領主に任ぜられる者は、一定以上の教育を収めている者に限られるが。


 そして領主が代わっても、文仕官全員が入れ替わるわけでもない。そのため新任領主の業務を現場レベルでサポートできる者も多い。


 あとは領地の1つ1つが、それほど広大ではないというのも大きいだろう。また任期制のため地元商人や村長との癒着が生まれにくいという効果もあった。これに関しては良し悪しあるとは思うが。


(まぁこれで回るのは、やっぱりアマツキ皇国だからだろうけど)


 自国から出たがらない者が多い皇国人は、基本的に祖国愛が強い。もちろん帝国人にもあるだろうが、長く荒廃している現状を考えると、愛国心はやはり皇国人に旗が上がると思う。


 要するに必要以上に権力を求める者や、自分1人だけが儲けたい者というのが少ないのだ。民から貴族に至るまで、皇族のために尽くそうという空気を強く感じる。


 皇国人全員がそうではないし、中には酷い犯罪者もいる。だが全体的な気風としては、好ましいものがあった。


(どちらが良い悪いという話ではないが……。俺はやはり皇国の方がいいな)


 帝国は帝国で長い歴史があるし、その広大な国土を治めるために領地や貴族制度が整えられてきた。国それぞれ事情が異なるように、統治方法も独自性があるのだ。最たる例は遊牧民かも知れない。


「オウマ領に来て2日か……。今のところ、盗賊団の動きはないよな?」


「そうね……」


 俺とマサオミ、それにキヨカはいくらかの皇国軍兵士たちと一緒に、オウマ領へとやって来た。そして領主やこの地に勤めている武人たちと連携を取り、今は国境近くの砦に配置されている。


 オウマ領から帝国領へは、街道……と呼べるレベルではないが、簡単な道ができていた。


 砦からは道が続いている様子がよく見えている。その道の周囲には草木が伸びており、視界はよくなかった。


「そう言えば他の領地でも出たのよね。大量の賊が」


「らしいな」


「これまでも皇国には賊が入り込んできていたけど。こんなに動きを見せるなんて……やっぱり帝国で何かあったのよ」


 まぁそうだろうな。そもそも三つ巴の内乱なんてしているんだ。しかも西部はまともな統治者もおらず荒れに荒れ、各地に賊を送り込んでいる……なんて言われているくらいだし。


 とにかく皇帝陣営でも領主連合でも、どちらでもいいからさっさと帝国を再統一してもらわないと。これじゃいつまで経っても平穏な日々はやってこない。


(まぁどちらもいい加減統一したいからこそ、しばらく大きな戦いはせずに戦力を整えてきたんだろうけど……)


 しかし西に厄介者たちがいるため、雌雄を決する決戦に移ることもできない。両陣営の疲弊は、ならず者たちからすれば絶好の機会に繋がるのだ。


「どうしたよ、ヴィル。難しそうな顔してよ」


「え? ……そんな顔してたか?」


「してたしてた」


「私たちも長い付き合いじゃない。ヴィルが何か小難しいことを考えていたのなんて、お見とおしよ」


 なんだそりゃ。そんなに難しいことは考えてなかったけどな……。


 だが確かに俺たちの付き合いは長い。同い年で共に15才で武人になった仲だし、互いに何度も稽古をしてきた。本当の意味で友達と呼べる2人だ。


「んでよぉ、なに考えてたんだ? あ、マヨ様のことだろ!」


「……え?」


「いいなぁ、マヨ様に会えてよぉ。歴代の皇族の姫で一番美しいって評判じゃねぇか! なぁなぁ、どんな声だったんだよ!?」


「はぁ……。ヴィルをあんたと同じにしないで」


 マヨ様……そんな評判だったのか……。たしかに類まれな美少女だとは思ったけど。


 だがあの美貌で民たちのことを考えている皇族だと思えば、俺も皇族のために国に尽くそうと思えるかな。一武人にすぎない俺にも気を使っていただけたし。


 なるほど、皇族の求心力こそがこの国を豊かにさせているのかもしれない。


「……ちょっと賊のことを考えていたんだ」


「ん? 賊?」


「ああ。現れた賊はどこも100人規模だったって話だろ? 本当にそんな規模なら、どうやってここまで来たのかな……て。1人が1日に必要な食べ物を100人分……それも数日分どこからか調達しないといけないだろ?」


「ああ……なるほど」


 これまで俺たちが狩ってきた賊と言えば、だいたい1人から多くても20人くらいだった。中には刻印持ちもいたが、やはり俺たちの敵ではない。


 しかし100人という話はこれまで聞いたことがなかった。ただの賊がそれだけの人数分、数日にわたって食糧を確保するのも大変だろう。考えられるとすれば、帝国領のどこかの村がまるまる略奪にあったか。


「案外皇国の守りが堅いから、帝国領で村を占領しているのかも知れない」


「それはありそうだなぁ。ああ、だから噂の賊どもはここに姿を見せないのか」


 はっきりしたことは分からないけどな。まぁ俺の考えることじゃないし、こちらは言われた通りにこの砦で警戒を続ければいい。


 何もなければ皇都への帰還命令が出るだろうし、賊が姿を見せたら皇国領に入れずに斬るだけのこと。


 そう考えていた時だった。何か地響きのような……妙な音を耳が捉える。


「ん……?」


 違和感を感じたのは俺だけではなかったらしい。そしてそれは突然現れた。


「な……」


「え……」


 草木の茂みから急に武装した男たちが現れたのだ。しかも50人どころではない、もっとたくさんいる。


「まさか……」


「賊か!」


「落ち着け! 相手をよく見ろ、素人だ! 皇国領には入れるな! 武器を持って向かってくる者は殺せ!」


 指揮官は賊に聞こえるような大声で、俺たちに指示を飛ばす。


 近寄らなければ殺さない。そう伝えているのだろう。だが賊たちはためらうことなくこちらに突っ込んできた。


「く……!」


「皇国に入れるわけにはいかない! やるぞ!」


 俺は刀を抜くと、皇国軍兵士たちの後ろに控える。そして彼らを突破してきた者たちを、容赦なく斬り伏せていった。


「…………!」


 乱戦になると武器を振るいづらくなる。だがそれで誤って味方を斬るようなことはしない。武人と呼ばれる者にそんな奴は誰もいないのだ。


「はっ!」


 刻印術を発動させるまでもない。賊の中にも刻印を持っている者はいないようだ。


(しかし……たしかに素人だな……)


 痩せこけた身体に、簡素な武器を持っただけの男たち。比較的多く見るタイプの賊だ。逆に体つきが大きな賊は刻印持ちが多い。


 きっと彼らも内乱の影響で、食べるのも困った者たちなのだろう。だが同情はしない。かつての俺と同じく、互いの立場と環境が違うだけの話だ。


「せいっ!」


 防具も身に着けていないので、刃が痛まないように武器ではなく積極的に身体を斬りにいく。かなりの数を斬った時、逃げ出す賊が現れ始めた。


「ひいいぃぃ!」


「だ、だからいやだったんだああぁぁ!」


「に、逃げると、妻が……!」


「俺はもう逃げるぞ!」


 なんだ……賊どもも混乱している……? まぁいい、逃げるのなら追いはしないさ。下手に追撃をかけたら、皇国の武人が帝国領に入ることになるからな。





 この日は他領でも賊が現れたらしい。そしてその次の日、帝国の旗を掲げた使者が現れた。俺たちは国家間同士の儀礼に則って、皇都までの案内を付けて使者を見送る。


 そしてその数日後。皇都よりオウマ領に、帝国との戦争に備えよという通達がきたのだった。

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