第7話 帝国からの要求 新たに下る命令
まぁこうなってしまった以上、俺から言うことは何もないな。
そう考え、俺もマヨ様の後ろに控える。そしてマヨ様とカーラーンさんの話し合いが始まった。
「さて……まずは改めてになりますが、こうして面会のお時間をいただきましてありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。アマツキ皇国は草原の民たちと、これまで友好的な関係を築いてきましたからね」
2人の話によると、遊牧民たちは帝国だけではなく、皇国にも馬を出していたらしい。
ただしこちらは献上ではなく取引であり、遊牧民たちは皇国から生活用品やここでしか得られない食材を手に入れていた。
まさか皇国とそんな取引をしていたとは……。だが思い返してみれば、確かに遊牧民たちが使っている道具の中には、明らかにあの地では作れない物もあった。
それに草原から皇国へ行ける道を俺と師匠に教えてくれたのも彼ら遊牧民だ。規模こそ小さいものの、両者の関係自体はたしかにあったのだろう。
「カーラーン様がこうして来られた理由。馬についてですね?」
「はい。……もしや帝国から」
「ええ。少し前になりますが、使者がやってきました。今後、あなたたちから馬を貰わないようにと」
やはり牧草地という環境が良いのだろう。草原で育った馬はとても質がいいらしい。
遊牧民たちは皇国に対し、1年に1頭くらいの馬を出しており、それらは皇族の預かりになっているそうだ。
だがこれに対し帝国は「その馬は本来、帝国に献上されるべきもの。許可なく奪い取ることは容認できない」と難くせをつけてきたらしい。
「どう返事をしたものか困っていたのですよ。……兄が、ですけど」
「皇国には各部族で育てた馬の中でも、最も立派な馬を出しておりましたからね。どこからかそれを知った帝国貴族の中に、気に食わないと感じた者がいたのでしょう」
皇国に出された馬は、基本的に大事にされるらしい。時には聖域を守る聖馬として扱わることもある。
遊牧民たちも立派に育った馬には良い場所で暮らして欲しいし、皇国は遊牧民たちで分けられるくらいの物資をくれるので、なるべく良い馬を……と考える。
一方で帝国はと言えば、基本的に有力貴族に下げ渡されており、賊の盗難にあって死んだという話もあるとのことだった。
「実は草原にも、遠いところをわざわざ使者が来まして。今後献上する馬を倍にするように、と言ってきたのです」
「まぁ……」
カーラーンさんの話によると、使者は広い草原を駆け巡って何とか遊牧民たちを見つけ、帝国の要望を伝えてきたらしい。
遊牧民たちも最初は「遠いところをようこそ」という気持ちで迎えていたのだが、その高圧的な物言いや態度から段々辟易としていたそうだ。
「実はここ数年、帝国は南部も北部も本格的な衝突は起こっていないのです。互いにまずは自領の復興を優先したのでしょうね」
元々が財政難だったしなぁ……。それに西部からは賊が出張略奪に来るわけだし。
だが武力衝突が小規模なものになったおかげで、軍備は整いつつあるらしい。そして財政面にも多少は余裕ができたところで、草原に口を出してくるようになった。
「我らは国とか領土という概念は薄いのですが……帝国の願いを断ればどうなるかは承知しています。今の皇帝陛下は、苛烈な決断をされる方とも聞いておりますので」
「……………」
驚いたな……。遊牧民は基本的に草原から出ないと思っていたんだが。想像していたよりも、帝国の内情をよく理解している。
何か情報を得る手段を持っているのかもしれない。それともこの数年で、難民が草原にまで来るようになったのだろうか。
「とは言え、いきなり倍は不可能です。そこはこれから折り合いをつけていくところですが……」
「皇国にはこれまで通りのような、馬を使った取引が難しくなる……ということですね」
なるほど……。元々金銭で売っていたわけではなく、物々交換だったんだ。
これまで仕入れられていた生活用品が手に入りにくくなると、遊牧民たちの生活スタイルにも影響が出てくるだろう。
「刃物類や工具類、こうした物はいつまでも使い続けられるわけではありません。しかし今の我らになくてはならないものですし、他にも同様の道具類がいくつもあります。取引ができなくなると数年先、苦労する者たちが出てくるでしょう」
そこでカーラーンさんは遊牧民の代表として、何か別の物で物々交換を続けさせてくれないか……と、交渉しに皇国まで来たわけだ。内乱の影響がこんな形でくるとは……。
「なるほど……カーラーン様方の事情はよく分かりました。もう少し帝国が落ち着いていれば、こんな事態にもならなかったのでしょうが……。ここだけの話、兄は帝国に対し良い印象を持っていないのですよ」
「マヨ様の兄君……ですか?」
「ええ。今回の件にしても、いつから我が国に注文をつけられるくらいにえらくなったのだ……と、大層お怒りでして」
まぁ遊牧民はともかく、皇国は帝国の属国でもなんでもない。馬の取引で命令してくるかのような使者が来ては、腹も立つというものだ。
「父上は今、体調が優れませんので。この件は兄と相談させてくださいね」
「ありがとうございます」
カーラーンさんはしばらく皇都に滞在するらしい。こうして会えたのは嬉しいけど……素直に喜べないのは、やはり帝国の話が出たからだろう。
「そうだわ。ヴィルはしばらく、カーラーン様の護衛としてお貸しいたしましょう」
「え……」
「ヴィル。よろしくね」
マヨ様、あれだな。わりとその場の勢いで物事を決定する方なんだな。決断力があるというかなんというか。
■
それから俺は、カーラーンさんに貸し出された屋敷の警護を担当することになった。おかげでじっくりと話せる時間も得られたし、マヨ様なりの気遣いだったのだろう。
だがそんな日々は長く続かなかった。俺に新たな命令が下ったのだ。
「オウマ領に行くことになった……?」
「そうなんです。賊の討伐が終わればまた皇都に戻ってきますが」
皇国は賊がよく流れ込んでくるが、オウマ領に100人規模の賊が現れたらしい。
オウマ領に配置されている武人や皇国軍兵士でも対応は可能だが、こうした動きはこれまでなかったので、念のため少し武人を回して欲しいと要望があった。
帝国と隣接している領地はオウマ領を含めて3つあるが、時同じくして他の2つの領地にも大規模な盗賊団が現れたらしい。
何か帝国内であったのだろうと予想が立てられており、これをできるだけ探ってくるように……とも命令を受けていた。
皇都にいる武人も決して多いというわけではない。だが今回の事態に対応するため、また情報を集めるために武人頭はそれぞれの領地に武人を派遣することにしたのだ。
「その賊も元は食うに困った村人か、傭兵崩れだろう。……生まれた国の者と戦うのはつらいな、ヴィル」
カーラーンさんは俺に気を使うような声色で話す。だが俺は首を横に振った。
「今の俺はこの国の武人ですから。そして武人としての日々を続けるためにも……俺は行きます」
あの時のように、平和に過ごしていた日々を奪われるのはもうごめんだ。今の俺にはその日々を守る力もある。
「……ヴィル。きみに星々の導きがあらんことを」
「ありがとうございます」
遊牧民にとって、星は自分の位置と方角を計る大切な指標だ。星々の導きがあらんことを……というのは、無事に帰ってきてくれという願いが込められた言葉になる。
俺はマサオミ、キヨカと合流するとオウマ領を目指して皇都を出た。
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