第6話 久しぶりの再会と皇族の姫

 師匠はしばらく皇国にいるとのことだった。次の日からはまた武人としての日常が始まる。


 そして数日が過ぎた時だった。その日、理心館には朝から俺に客が来ていた。


「ヴィルだな?」


「はい」


 誰だこの男……初めて見る武人だ。というか、この人。かなりの使い手だな。


「ふん……初対面でいきなり探るような目を向けてくるとはな」


「いや、これは……失礼しました」


 そんなに探るような感じが出てたか……? 


 しかしその実力を読もうと考えたのは事実だ。俺にその気がなくとも、この人は探られている気配を敏感に感じ取ったのだろう。


「よい、平民上がり相手に一々無礼を指摘するつもりはない。俺は近衛、ヒロトだ」


「…………!」


 近衛……! 皇族の身辺警護を行い、武人の中でも一部の実力者のみが就ける役職だ……!


 近衛になるのは皇国武人の誉と言う者もいる。武人の中でも精鋭中の精鋭が集う組織と言ってもいい。


 そんな人が……俺になんの用だ……?


「俺も忙しい身だ。早速要件に入るぞ。2日後、御所の一室で会合が行われる。そこにお前も来るのだ」


「え……?」


 話が突然すぎて何も見えない。御所と言えば皇族の住居だ。武人と言えど簡単に入れる場所ではない。


 そこで行われる会合など、皇族と誰かとの会合しかない。ますますもって、俺がそこに行く理由が分からない。


「俺が……御所に……? いったいなぜ……」


「アマツキ皇国には今、外からの客人が来ている。草原の民と言えば分かるか?」


「…………!!」


 分かるもなにも、皇国に来る前に関わったことがある。


「客人の1人はムガ族族長の息子。カーラーン殿だ」


「え!? か、カーラーンさん!?」


「……どうやら本当に知り合いらしいな」


 現在の帝国は西部がならず者たち、北部が領主連合、そして南部は中央貴族たちが支配しているというのは、この間師匠に聞いた通りだ。


 では東部はどうなっているのかと言えば、大草原が広がっている。といっても東部全域ではない。本当に東の端っこくらいだが。


 そしてその草原には八つの遊牧民部族が住んでおり、俺は皇国に来る前、師匠と共にそこのムガ族にお世話になっていた。


「昨日カーラーン殿とキリムネ様がお会いになられておってな。そこでお前の名が出たのだ。何でも昔、世話になったそうではないか」


「え……ええ……」


「せっかく皇国まで来たのだ、久しぶりにお前に会えるように取り計らおう……と、キリムネ様がおっしゃられてな。2日後、御所にて皇族との会合があるのだが。そこでお前とカーラーン殿を合わせることになった」


 そういうことか……なんとなく見えてきた。要するに俺を、本題が始まる前の和やかな空気作りに使いたいのだろう。


 自国の武人が数年ぶりに恩人と会うのだ、和やかな雰囲気は作りやすい。


 とりあえず呼ばれた理由は分かった。そして俺に拒否権はないし、そもそも拒否する理由がない。


「分かりました。お心遣い、感謝いたします。……しかしカーラーンさんはどうして皇国に?」


 草原は一応帝国領となっているが、様々な理由から領主は置かれていない。まず単純に、帝都から距離が遠すぎるのだ。


 そして本当に草と木しかない辺境なので、そもそも人が集まって町を作ろうと思うほどの魅力が低い。


 仮に町ができたとしても、帝都から遠すぎて商人も行き来しにくい。街道の整備だけでどれくらいの時間とコストがかかるかも分からない。


 また遊牧民たちはどこかのんびりしており、草原であればどこでも暮らしていけるので統治管理もしにくい。


 それでいて持ち前のマイペースさから「自分たちの生活の負担にならないなら、まぁ帝国所属ということでいいよ」と考えており、特に反抗的というわけでもないのだ。


 その一方で馬を育てるには適した地であり、実際彼らは馬の扱いもうまければ、育てるのもうまい。むしろ家族の一員として接している。


 遊牧民たちは毎年馬を何頭か帝国に送る代わりに、何かあれば帝国が彼らを守る……そんな実にふんわりとした間柄だった。


 だからこそ気になる。皇帝に対する忠誠心など皆無に等しいとはいえ、一応は帝国の所属なのだ。そんな彼らが何をしに皇国へ来ているというのか。


「それは俺の知るところではない。気になるなら本人に聞けばよい。知り合いなのだろう?」


「……わかりました」


 まぁいいか。カーラーンさんに会えるのは素直に嬉しいことだし。気を使ってくれた師匠と、御所という場を与えていただけた皇族に感謝だな。





 そして2日後。俺は御所に来ていた。


 御所は皇宮や貴族の館とはまた印象が全然違う。とても広大な敷地に木造りの平屋が続いている。廊下も建物の中だけではなく、屋外にも続いていた。


 こうして中に入るのは初めてだし、なんなら皇族を直接目にするのも初めてだ。いや、例大祭の時に遠目にチラッと見えた時はあったかな。


 既に皇族とカーラーンさんの話し合いは始まっているらしい。俺は両者が挨拶を終えるタイミングで、部屋の中へと呼ばれた。


「失礼します」


 通された部屋は広くはあったが、全体的に飾り気は少なく質素な作りだった。


 中心にはどこか神秘的な魅力を感じさせる女性が椅子に座っており、その側には3人の武人が控えている。1人はヒロトさんだ。


 そしてその向かい側には、肌がよく日に焼けた大柄な男性が座っていた。男性は俺の姿を見ると、両目を大きく見開く。


「武人ヴィルをお連れいたしました」


「ありがとう。下がっていいですよ」


 女性の言葉を合図に、ここまで案内してくれた人は部屋の外へと出る。その女性は俺に視線を向けた。


「まぁ……本当に目が青いのですね。キリムネ様最後のお弟子さんだとは聞いておりましたが……」


 ……間違いなくこの方が皇族の1人だろう。俺はその場で片膝をつけた。


「初めてお目にかかります。キリムネよりお聞きでしょうが、ヴィルと申します」


 いや……驚いた。皇国人は美人が多いが、この方はまた別格だ……!


 艶やかな長い黒髪に大きなグレーの瞳はとてもよく映えている。


 肌は白く、指先まで美しさを強く感じる。年下だろうし小柄ではあるが……自然と頭を下げるような。そんな不思議な魅力を感じる女性だった。


 俺も元は帝国の皇族とはいえ、皇位継承権は最下位に近かった。そのため貴族たちの上に立つ皇族というよりは、皇族に従う臣下としての教育を施されてきたのだ。


 それもあってか目の前の美しき姫に対し、特に違和感を感じることなく頭を下げることができた。


「ふふ……客人の前です、頭を上げてもよろしいですよ。カーラーン様、驚きになられました?」


「ええ……。いや、本当に驚きました。ヴィル、久しぶりだ。大きくなったな」


「カーラーン様……」


 本当はさん付けで呼びたいところだったのだが、皇族の姫が様付けで呼んでいるのだ。この場で俺が馴れ馴れしい態度は取れない。


「急に呼びつけておいて、挨拶がまだでしたね。私はツキミカド・マヨ。気軽にマヨ、と呼んでくださいね」


「……マヨ様」


 ヒロトさんが注意するようにマヨ様の名を呼ぶ。まぁいくら本人がいいと言っていても、気軽に……とはいかないよな。


 カーラーンさんは本当に嬉しそうな表情で俺を見ていた。


「あれからもう8年以上は経つか……? キリムネ殿から元気でやっていると聞いていたのだが、本当に立派になったな」


「そんな……あの時、カーラーン様たちに助けていただいたおかげです」


 草原の遊牧民たちは、基本的に温厚な人が多い。ある程度の集団をまとめるために八つの部族があるものの、特に対立しているというわけでもないのだ。


「はは。こうしてヴィルと会えたこと、妹……リーナが聞いたら、俺だけずるいと怒られてしまいそうだ」


「そんな……」


「あの時は2人ともまだ小さく、俺は妹だけでなく弟もできた気分だったよ」


 リーナちゃんか。懐かしい。とても元気な子で、最初は男の子だと思っていたんだよな。草原を出る時に実は女の子だと知って、驚いた記憶がある。


 あの時はかなり幼い子だったけど、今はすごく成長しているんだろうな。


「ローバン族長はお元気ですか?」


「ああ。元気すぎて困っているくらいだ。ヴィルの話をすれば、それを肴に酒を飲む姿が目に浮かぶよ」


「ははは……」


 皇国に来るまでの旅で、一番思い出に残っているのは草原での日々だ。


 遊牧民たちと話し、動物たちに触れ。そして広大な大地に澄み切った夜空を見て、世界とはこれほど大きいのかと感じたのを覚えている。


 お互いにいろいろ言葉を交わすが、ヒロトさんは小さく咳払いをする。時間がきたのだろう。


「……まだまだ話したいところですが、カーラーン様もマヨ様との話があるでしょう。私はこれで下がらせてもらいます」


 できればカーラーンさんが皇国を出る前に、もう一度話せたらいいけどな……と、考えているとマヨ様があら、と口を開いた。


「お二人とも、久しぶりの再会なのでしょう? ヴィル、下がらずとも結構ですよ。あなたは武人なのだし、このまま部屋の警護をしてもらいましょう」


「え……」


「マヨ様。この場の守りは我ら近衛の仕事。それにカーラーン様との話を、ヴィルに聞かせずともよいかと」


 ヒロトさんがマヨ様に苦言を呈す。


 これに関しては俺もヒロトさんの意見に賛成だ。いくら武人とはいえ、わざわざ俺に聞かせる話でもないだろう。


「あら。近衛はわたしの警護でしょう? わたしはこの部屋の警護にヴィルを置くと言ったのです」


「マヨ様……」


「いいではありませんか。久しぶりの再会でカーラーン様に喜んでいただこうと考えたのは、こちらの都合なのです。用事が済んだら部屋から追い出すなど……ヴィルを弟のようにかわいがっていたというカーラーン様からしても、良い気はしないでしょう?」


 チラリとカーラーンさんに視線を移す。カーラーンさんは特に動じた様子もなく、柔和な笑みを浮かべた。


「皇国にも都合はあるでしょうし、特にそれで機嫌を崩すということはないですよ。しかしこれから話す内容は、帝国の現状にも繋がることですから。元々帝国生まれのヴィルの意見も、もしかしたら参考になるかもしれませんね」


 まぁこれは俺をこの部屋に置くための方便だろう。このまま俺が部屋から出て行って、微妙な雰囲気になるのを防ぐ狙いがあると思う。


 何せ今、近衛の言葉に対してマヨ様が意見をぶつけてる状況だし。


 こうしてカーラーンさんの言葉が決め手になり、俺は引き続き部屋に残ることになった。

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