第5話 内乱から10年 現在の帝国
「大陸の治安が乱れ続ける原因、ということですか?」
「そうだ。ただでさえ国の経営が難しかった時に、内乱が起こったのだ。その影響は民にももちろんある」
帝国は精強な騎士団を抱えている。領主たちも兵力を持ってはいるが、職業軍人の数は多いとは言えない。
そして大陸で最大の版図を広げる帝国の乱れは、他国にとっては利益を得るチャンスになった。
国境を面する国で友好的な国家は少なかったが、彼らはあの手この手で介入してきたのだ。
中央には「前の皇帝のせいで我が国は苦労しましたが、新皇帝であるあなたは違うでしょう? 援助するので、これからは友好関係を構築していきましょう」と言う。
また別の国は領主連合に「援助するので、共に今の皇帝を討ち倒しましょう。その代わり我が国の姫と皇族を嫁がせ、次の皇帝にはその夫を就かせる。これを機に両国の関係を前に進ませていきましょう」と話す。
さらに他の国は「これだけごたついているのなら、今なら簡単に領土を奪えるではないか」と進軍を開始した。
その結果、広大な国土を有していた帝国はさらに分断されていく。
北部は領主連合が、南部は皇帝が。そして西部には隣国の侵略軍がどんどん入り込んできていた。
特に混乱のひどかったのは西部だ。他国の軍は村々を容赦なく略奪していくし、領主一族などの貴族は女や子ども構わず殺していく。しかもここでとある傭兵団が思いがけない行動をとった。
「傭兵団……ですか……?」
「そうだ。その傭兵団は全員が刻印持ちでな。当時他国の侵略軍と一緒に帝国領に押し寄せてきたが、暴れるだけ暴れたら急に裏切ったのだ」
「え……?」
これまで一緒に戦っていた侵略軍を襲撃し、武具を奪う。そして刻印を持つ騎士を殺していった。
残ったのは領主のいなくなった土地と、力を持たない兵士たちだ。その傭兵団はそのまま帝国西部に居座り、今も四方八方に略奪を繰り返しているらしい。
「貴族の娘や子供をさらっては親に金を出させているようだ。統治らしい統治も行っておらず、領地は荒れ放題になっていると聞く」
「そんなことに……!? しかし統治が進まなくては、自分たちが生きていくための金や食糧をそろえるのも難しいのでは……?」
それに帝国に侵攻していた国は、その傭兵団に裏切られたわけだが。その国が黙っているとも思えない。
「くわしいことは分からんが。傭兵団は初めから帝国領内で裏切るつもりだったのではないかと言われておる」
「え?」
「今ではその地に、至るところから訳アリの犯罪者たちが集うようになっておるのだが。ある犯罪者は、その侵攻していた国の姫をさらって、傭兵団の元へ行ったと聞く」
「…………! それは……」
師匠いわく、どこまで本当の話かは分からないとのことだ。
だが傭兵団はあらかじめ自分の部隊を国に残しておき、裏切りを合図に王族をさらわせ。そのまま団長の元へ合流しに行ったのではないか……という話もあるらしい。
「この話が本当だった場合……まぁ人質だろうな。もっとも、そのさらわれた姫も無事だとは思えんが」
そうして帝国西部は傭兵団をトップとする、無秩序な王国ができあがったらしい。
だが無秩序ながら、その実力は確かである。領主連合も皇帝陣営も下手につついて被害を受けたくない。戦力のバランスが崩れれば、敵がいつ攻めてくるか分からないのだ。
こうしてかつて広大な支配地域を有していた帝国は、3つに分かれて今も争い続けている。
特に西部に犯罪者が多く集まるようになり、またその犯罪者が盗賊として様々なところへ出稼ぎに行くため、いつまで経っても帝国の治安は荒れ続けているらしい。
「賊はいくら討伐しても、次から次へと出てくるからの。こんな世の中じゃなおさらだ」
「………………」
アマツキ皇国は他に比べると、かなり平穏に暮らせる国だったんだな。
ここは帝国から見ると南東に位置している。東は海に面しているし、北部や南部には山脈が走っている。そのため皇国から見ると、北西部で帝国と面している形だ。
元々帝国と皇国の間には、別の国が存在していた。しかしその国も父上が皇帝だった時代に帝国の侵攻を受け、そのままゼルトリーク帝国の領地となった。
皇国は帝国が隣国になったため、多少は親交もあったらしいが。内乱が起こってからというもの、ほとんど親交はないと聞いている。
「師匠は……上から頼まれて、大陸の情勢を探っていたのですか?」
「そうだ。皇国人で国の外に出たがる者は珍しい。わしはその点で変わり者扱いではあるが……大陸を歩くのに最も慣れた皇国人だからな」
そうなんだよな。治安がいいからか、それとも飯が美味いからか。あるいは皇族への忠誠が厚いのか。皇国人はあまり自国から出たがらないのだ。
もちろん全員がそうというわけではないし、師匠の弟子の中にも剣の修行で大陸を回っている者もいると聞く。
それに皇国人自体、別に閉鎖的というわけでもない。それは俺への態度からも明らかだ。
まぁ単純に住み慣れた地を離れてまで、国外に求めるものが少ないんだろうな。
「どうだ? 今の帝国の話を聞いて」
「……と、言われましてもね。まぁ思うことがないわけではありませんが」
荒れに荒れたかつての生まれ故郷……か。気になる者は多い。
弟妹、母上と俺を殺す指示を出した今の皇帝、母上の父であるリンゼント領領主、帝国西部で好き勝手している犯罪者たち。
そして皇国に来るまでの旅で知り合った民たちに、しばらく世話になった草原で暮らす遊牧民。
これらに対して抱いている感情は、とても一言では言い表せない。憎悪、哀愁、焦燥、友愛……いろんな感情が混ざっているのだ。とにかく帝国にはいい思い出もつらい思い出も多い。
しかしそれは皇族ヴィルガルドの持つ感情であり、皇国の武人ヴィルとしてはどうしても持て余してしまう。そう感じるのは、俺がこの国の民として馴染んできたからだろう。
「この国から出て修行の旅をしようだとか、リンゼント領に行こうとか。ましてや帝都に行って皇帝に一言物申す……なんてこともやろうとは思いません」
いや、皇帝に対して恨みはないわけではない。やろうと思わないと言うより、その手段がないと言った方が正しいか。
「答えは変わりませんよ。俺はこの国の武人として生きていく。それだけです」
それでいいですよね……母上。
俺の言葉を聞いた師匠は、そうか……と一度目を閉じた。
「ヴィル自身が考え、導き出した答えだ。ならこの国に連れてきた者の責任として、最後まで面倒をみてやるとするかな」
「師匠……」
「お前の母君……リグライゼ様との約束でもある」
「そう言えば師匠は、旅の途中で母上と知り合ったのですよね? どういう経緯で出会ったのです? 母上も高位貴族の娘、中々会える機会もないと思うのですが……」
この辺りの経緯はざっくりとしか聞いたことがない。師匠は懐かしむように視線を上に向けた。
「なら少しその辺りの話を聞かせてやろうか。あれはわしが四剣崩しと呼ばれ、皇国に居づらくなってきた時だった……」
それからの時間は師匠と長く話し、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごせた。俺と出会う前の師匠や、まだ父上に嫁ぐ前の母上の話が聞けたのも興味深かった。
そして。自分の口に出して決意表明を行ったことで、俺の中でより強い覚悟……この国の武人として生きていくのだという決意が定まったのを感じた。
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