第3話 グノケインの血筋 刻印を持つ者たち

 武塾とは、武家の子や刻印に目覚め、将来武人を志す平民の子たちに教育を施す場だ。教師役には様々な役職の者が、科目内容に合わせて適宜配置される。


 武人はだいたい簡単な鍛錬や刻印術の扱い方に関する教師役を任されるのだが、なぜか俺は一般教養や知識の教師も任されていた。


 まぁ元々皇宮暮らしの時に、高度な教育を受けていたからな。好きではないが、座学自体は慣れている。上も適性があると判断しているのだろう。


「では始めるぞー」


「あー、隻眼の武人さんだぁ!」


「本当に目が青いー」


 皇国人は髪色や目が黒や茶色の者が多い。もちろん全員がそうというわけではないのだが、それでも俺の目の色はめだっていた。


 その上、左目には眼帯をしているので、俺のことはわりと知られている。まぁ師匠の弟子でもあるからな。


「ほら静かにー」


 今日の授業を進めていく。しかし……刻印に目覚めるという条件があるとは言え、この国では平民もこうして高度な教育を受けることができる。


 皇国人は真面目で強い武人が多いと評判だが……実際にこうして暮らしてみると、どこか納得もできるな。休憩を挟み、授業をさらに続けていく。


「ここからは刻印術についてだ。ここにいるということは、全員刻印は現れているな?」


「はい!」


「俺は左胸にあるぜ!」


「わたしは首のうしろー」


 ちなみに俺は左の瞳に刻まれている。なかなか例のない場所なので、普段は眼帯で隠しているのだ。


「そもそもどうして刻印が現れる者と現れない者がいるのか。知っているか?」


「はい。幻皇グノケインの血を引いているかどうか。また血の濃さで身に宿る神秘に差が生まれます」


「その通りだ。よく勉強しているな」


 答えたのは武家の者だった。しっかりと教育済みらしい。


 この大陸には元々、魔獣が蔓延っていたと言われている。人間はそうした魔獣たちから隠れるようにしてひっそりと生きてきたが、それを見た女神が人を憐れんで何滴かの涙を流した。


 涙が落ちた地周辺には魔獣が近寄らなくなり、人はその地で生活を始める。だが強力な魔獣は時に人の生活圏内に入ってきた。


 その時現れたのが、幻皇グノケインだ。グノケインは女神の託宣を受け、大陸を横断して涙が落ちた地を回った。


「グノケインとはどういう人物であり、何を成した者かは分かるか?」


「はーい! グノケインは女神より刻印を与えられた、最初の人間でー! 今の貴族たちに刻印の力を伝えたのー!」


「よく知っていたな。少し補足しようか」


 元気よく答えた女の子も武家の子だ。まぁこの辺りの話は貴族はともかく、平民はどこの国もそう習うことはないからな。


 グノケインは女神より刻印を授かり、そして各地を回って危険な魔獣を排除していった。また伝説によると、グノケインの子を望んだ女性は彼と目を合わせるだけで妊娠したという。


 いや、どんな能力なんだ!? しかし創世神話には確かにそう記載されている。


 とにかくそうしてグノケインは各地で多くの子を成した。そしてその生まれてきた子もグノケインと同じく、刻印の力があった。


 そうして女神が涙を落とした地には大きな国ができ、刻印を持つ者たちは貴族として国をまとめあげていくことになる。


「刻印が刻まれる場所やその能力は個人差がある。と言っても9割以上は身体能力の強化向上だけどな。中には刻印が現れても何の力もない者もいるし、貴族でも刻印に目覚めない者もいる」


 グノケインの血……要するに貴族の血を引いていれば、だいたい8才から10才の時に刻印に目覚める。


 だがどのような能力なのか、またどの程度の強さなのかは人それぞれ。そして下位貴族や平民との間に生まれた子は、そもそも発現しないことも珍しくない。


 そのため各国の貴族たちは、婚姻先を調整して今日まで刻印を残してきた。とくに王族や高位貴族は、大陸でもっとも血統をコントロールされてきた一族だろう。


 それは俺とて例外ではない。……そのわりにそんな大した能力ではないんだが。


「また目覚める力には国や場所によって傾向も違うと言われているな。アマツキ皇国では特に優れた身体能力強化の刻印術に目覚める者が多い」


 これもこの国の武人が強いと言われている所以だ。


 マサオミは両腕に衝撃や斬撃、熱にも耐えられるくらいの優れた防御能力を持たせられるし、キヨカは動体視力を跳ね上げさせることができる。


 その状態のキヨカとは接近戦がかなりやりづらい。こちらの攻撃がことごとく見切られるからな。


「俺は腕力が上がるぜ!」


「わたしは足が速くなるよー」


「先生。俺は刀身に炎を宿らせることができます」


「おお……。そりゃちょっと珍しいな」


 刻印に目覚めた者は、刻印術を発動させることで大なり小なりいくらか身体能力が向上する。皇国人の場合は、その上でさらに一部の身体能力を重視して上げられる者が多いのだ。


 ちなみに俺の刻印術は、発動させると両腕が黒い手甲に覆われる。その状態では腕力も上がっており、防御性能もそれなりには高い……が、まぁ地味だな。


 正直、その程度の力の持ち主であればいくらでもいる。重さを感じないのは利点だが。


「先生の刻印はどこにあるんですか?」


「俺のは普段、見えない場所に発現しているんだ。なかなか人前では見せられなくてな」


「あー、わかった! 先生お尻にあるんでしょ!」


「ちんちん! ちんちんにあるんだ!」


「ちょっと男子! 何言ってるの、やめてよ!」


「ふ……その低俗さ。しょせんは平民上がりだな」


 ……まぁ歴史上、そうした場所に発現した貴族も確かにいるが。


 ちなみに刻印の力を発現させると、その間刻印は淡く光り続けている。俺の場合はそうした時に左目が光ってしまうので、それを隠しているのだ。


 何せ帝国にはヴィルガルド皇子の刻印がどのような紋様で、どこに発現していたのか記録が残っているはずだからな。


 これのせいで、片目での戦闘鍛錬には本当に苦労した……。おかげで攻撃の気配察知などはかなり鋭くなったが。


 しかしもし男性器に顕現したら……夜の営みの際には明かりがいらなさそうだな。


「どのような紋様の刻印が浮かぶのか、またどういう能力なのかは個人差があるが。目覚めた力を伸ばし、成長させていけるのは全員一緒だ。各々、剣だけでなく刻印術の鍛錬も欠かさないようにな」


「はーい!」


 だいたい刻印については教えられたかな。そうこうしているうちに時間がきたので、ここで授業を終えた。





 こうして俺の武人としての生活は続く。賊が出たと聞いてはマサオミやキヨカたち、それに皇国軍兵士を連れて討伐に行き、時に会場警備の任も受ける。


 また文仕官の護衛に外の町に行ったりと、とにかく休みも少ない。


 だが忙しいのは悪いことではない。仕事に忙殺されている間は、昔のことや今の帝国のことを考えずに済むからだ。


 だから今のように時間が空いた時は、道場でこうして素振りを繰り返している。床には俺の汗がそこそこ溜まってきていた。


「ふぅ……」


「また腕を上げたな」


「っ!?」


 遅い時間だし、道場には俺しかいないはず。驚きつつ首を回すと、そこには久しぶりに会う師匠の顔があった。


「師匠……!」


「こんな時間に明かりがついておったのでな。誰かと思ったら……ふふ。ヴィル、元気そうだな」


 手ぬぐいで汗を拭きながら師匠の側まで移動する。師匠は白髪が増えていたが、その活力は今も衰えていなかった。


「どうしてこちらに……?」


「武人頭と少し話しておったのだ」


 皇国には最高峰の実力を持つ4人の剣士がいる。


 軍に所属していない武人を統括する武人頭、皇族の身辺警護を行う近衛たちの長、近衛頭。そして皇国軍を統括する軍長頭と皇国第一軍の将だ。


 師匠は若かりし頃、この4人を御前試合で降したことがあり、そこから【四剣崩し】の異名で呼ばれるようになった。


 武人頭は理心館に住んでいるので、師匠はここに立ち寄ったらしい。


「こうして話すのはいつぶりだ……3ヶ月くらいか?」


「そのくらいですね。これまでどちらにおられたのです?」


「ああ、実は少し皇国を出ておってな。もう引退の身なのに、国はわしをいつまでも働かせようとする。やれやれ……諸国漫遊の旅をしておった時が懐かしいわ」


 俺はあくまで師匠が旅の途中で保護した孤児であり、また弟子である。生まれや素性を知られないようにと、今では随分と互いに言葉使いも変わっていた。


「武人頭に聞いたぞ。同年代の者たちと比較し、随分と活躍しておるとな。さすがはわしの最後の弟子だと褒めておったわ」


「そんな……」


 師匠は国に帰ったものの、誰も弟子をとっていなかった。ちなみに今の武人頭も師匠の弟子になるため、俺にとっては兄弟子にあたる。


 近衛は武人として最高峰の実力があると認められた者だけがなれるが、その中にも師匠の弟子が多いと聞く。


 そう考えるとキリムネ師匠は、武人たちの情報にかなり通じている方だろう。


「丁度よい。汗を流しに銭湯へ行くぞ。その後は少し酒に付き合え」


「はは。もちろんです」

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