第2話 10年後 新たな生き方

(もう10年前……か……)


 あの後、俺は師匠に連れられてこの国……アマツキ皇国に身を寄せることになった。


 てっきり母上の父上が領主を務める地、リンゼント領に向かうと思っていたのだが、俺の消息は行方不明扱いにしておいた方が都合がよかったらしい。


(当時はなぜ……と、思っていたけど。今のこの大陸を見れば、まぁ正解だったよな……)


 皇宮から出たことのない俺は、外の世界を何も知らなかったのだ。


 戦線を拡大し過ぎた帝国が、大陸に多くの敵を作っていたこと。そして財政がひっ迫し、民たちに重税を課す領地が多かったこと。俺の生活はそうした多くの苦しみの上に成り立っていたことを。


 これに関しては別に罪悪感とか感じてはいない。生まれと立場の違いの話……そう割り切っている。


 そう。だからあの日、俺と母は新皇帝の手の者に襲撃されたし、生き残った俺も生まれを隠して生きていくことになった。


(年々賊が増えてきているし……嫌な世の中になったもんだ)


 左目は眼帯で塞がれているため、右目だけで地面を見る。視界には2人の賊が地に伏せている様子が映っていた。


 この手に握る刀で急所を斬ったし、もう助からないだろう。


「おいヴィル! 1人で突っ込むなといつも言ってるだろう!」


「そうよ! 刻印術の使い手が10人くらい待ち伏せしてたら、どうするつもりだったのよ!」


 後ろから1組の男女が姿を現した。大柄ではつらつとした印象のある男はマサオミ。もう1人の黒髪ポニーテールはキヨカだ。


 2人とも俺と同い年で、付き合いの長い武人になる。


「いや、さすがにそんなに刻印持ちがいれば、もっとひどいことになっていただろ……」


 俺たちは森に流れてきた賊の集まりを取り締まりに、皇都からこの地までやってきたのだ。


 大人しく捕まってくれなかったので、こうして戦闘になってしまったが。外の歓声は静かになっているし、向こうも片づいたらしい。


 俺は両手に顕現させていた黒い手甲を消すと、刀も鞘に納めた。


「さぁ。ご当主に報告しなくちゃ。死体の後始末は兵士たちに任せて、皇都に戻ろう」





 国が違えば貴族の在り方も変わる。アマツキ皇国ではゼルトリーク帝国とは違い、刻印持ちの騎士……武人の運用の仕方や領主の在り方が大きく異なっていた。


 帝国では刻印に目覚めた者でも、平民であれば騎士にはなれない。だが皇国ではたとえ平民であっても、実力さえ認められれば武人として生きていくことができる。


 もっとも武人に求められるものは実力だけでもなく、どの家も武家として存続し続けられるというわけではないのだが。


 マサオミとキヨカは2人とも武家の生まれになる。そして俺はここでは、キリムネ師匠が連れてきた戦災孤児という扱いになっていた。


 扱いは平民だったものの、15才の時に武人としての実力が認められて、それ以降こうして皇国の武人として生きている。


「しかしヴィル。お前やっぱ強いよなぁ。さすがはあの【四剣崩し】キリムネ様に師事していただけはあるってぇか……」


「でもいくら実力に自信があるからと言って、単独先行はいただけないわ」


「……悪かったよ。あの時はあれが一番早くケリをつけられると思ったんだ」


 キリムネ師匠は、この国では伝説的な剣士だった。皇国内で名を馳せている武人の中には、キリムネ師匠の弟子も多い。


 そんな師匠だが、皇国である程度後進を育てたあと、諸国漫遊の旅に出ていた。その途中で、まだ嫁ぐ前の母上とリンゼント領で出会ったらしい。


 皇宮暮らしになったあとも縁が合って母上と会う機会があり、その時に息子である俺に剣を教えてやってほしいと頼まれたと言っていた。


(確かに帝都を出てからというもの、ずっと師匠に鍛えられていたからな……)


 帝都を出て直ぐにこの国に来たわけではない。その時の帝国領はどこも争いが激しく、簡単に移動はできなかったのだ。そのため真っすぐにアマツキ皇国を目指すことができず、1年以上師匠と旅をしていた。


 その間も師匠は俺を厳しく鍛えてくれた。俺ももうあんな思い……急に剣を向けられ、抵抗もできず大切なものを奪われるのは絶対にいやだった。


 少なくともあの時、俺に師匠なみの力があれば。母上は殺されることもなかったのだ。


 強くなりたい動機と決意は十分だった。それに俺の刻印術は両腕に手甲を顕現させるものだが、これは腕力も上げてくれる。剣術との相性もいい。そうした環境も手伝い、俺は強くなるのに必死だった。


(その成果というか……帝国生まれの俺が武人になれたのは幸いだった)


 師匠の帰国を皇国人はもろ手をあげて喜んだ。そして戦災孤児である俺を憐れむと同時に、久しぶりとなる四剣崩しキリムネの弟子ということで、変な注目も集めていた。


 まぁ今のところ、師匠の弟子として恥ずかしくない結果を出せているだろう。


 師匠からは俺の生まれや本当の名を言うのは、固く禁じられている。理由はとても簡単、この地に俺がいると帝国が知ったら。間違いなく国家間の争いの種になるからだ。


 俺も恩のあるこの国を巻き込みたいとは思っていない。


「しかし最近俺たちがこうして賊討伐に出ることも増えたよな。賊が皇都近くまで流れてきているんだ、国境沿いは大変なんだろうな……」


「ああ。難民も多いって聞くな」


「全てはあの日……ゼルトリーク帝国が身から出た錆で崩壊したからよ。迷惑な国だわ」


「………………」


 俺は皇宮にいながら何も知らなかったのだが、10年前に帝国では大陸を揺るがす大事件が起きていた。簡単に言えば父……前皇帝が死に、新たな皇帝が誕生したのだ。


 しかしこの新たな皇帝に対し、忠誠は誓えないと叛旗を翻した領地や貴族が多かった。


 これにより内乱に発展するのだが、当時の帝国はどこも財政が厳しい。また飢えに苦しむ民も多く、民衆の貴族に対する忠誠心もかなり衰えていた。


 そしてこの荒れた地を狙うものの中には、これまで帝国に苦汁を舐めさせられていた隣国たちもいる。


 それらはある国は侵攻を開始したり、またある国は反乱領主や新皇帝に援助を行い、帝国はますます荒れていった。


 今は大きく3つに割れているのだが、争いは相変わらず続いている。その影響は大陸に広く表れており、アマツキ皇国にも難民や賊となった民が入ってくるようになっていた。


(弟妹たちはどうなったかな……。母方の実家がどの陣営についたか次第だろうけど……ま、俺が心配することでもないか)


 今の俺は皇国の武人だし。それに皇族の血をひいているからと、何かするわけでもできるわけでもない。このまま一生、武人として生きていくのだ。





 武人は申請すれば、理心館という広大な屋敷の中で部屋を与えられる。


 ここは武人がよく出入りする屋敷であり、新たな命令を賜る時や会合にもよく使われる場所だった。


 他にも俺のように平民上がりの武人が多く住んでいるが、所帯を持ったら出て行く決まりがある。


「よく寝た……賊討伐に夜の運動と、結構体力を使ったからなぁ……」


 昨日は仕事の報告を終えたあと、道場で鍛錬を行っていた。そして夕食を食べに皇都に出て、そのまま知り合いの女とヤってからここまで帰ってきたのだ。


 皇都に住むようになってからというもの、俺は平民で何人か身体の関係を続けている女がいた。まぁ俺も大人の男だし、性欲くらいはあるので仕方がない。


「今日の予定は……武塾で講師か。なんで武人なのに、教師としての仕事まであるんだか……」


 武人として暮らすようになってから、間違いないと断言できることがある。それはこの国の貴族は、帝国の貴族よりも忙しいということだ。


 血筋に関係無く貴族として扱われるのは、条件を満たして武人と認められた者だけである。だがこの武人が本当に忙しいのだ。


 賊討伐や町の治安維持、時には町人の話を聞いて何でも屋みたいなことをする。皇国軍に入る武人も多いが、そっちもそっちで朝から晩まで鍛錬を積んでいる時もある。


 また剣腕を鈍らせたり、武人として不適な行動をしたと判断されれば、即その地位を失うことになる。そのため日ごろの鍛錬は欠かせないし、仕事をサボるわけにもいかないのだ。


 そんなわけで俺は今日の仕事のため、武塾へと向かった。

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