ゼルトリーク帝国統一戦記 〜兄の粛清にあった皇子は逃げ延びた先で成長し、やがて大軍を率いる王となる〜

ネコミコズッキーニ

第1話 粛清の日

 静かな……とても静かな夜だった。だが静かになったのはついさっきであり、それまでは妻となった2人の美少女たちと初めての夜を迎えていたのだ。


 俺の両隣では、よく日に焼けた肉付きのいい身体に濃いめの金髪が似合う美少女と、小柄で白い肌に黒く艶やかな髪が魅力的な美少女が静かな寝息をたてて眠っていた。


(いよいよだ……もう覚悟は決めた。俺はこの国を……ゼルトリーク帝国を統一する)


 2人との結婚もそのために必要だった。だが知らない仲ではないし、大事にしたいと思っている。何より命を懸けた誓いもある。


 それはそれとして、早く2人との間に子を作らないといけないんだが……。ま、まぁこれから毎日抱いていれば、いずれ子もできるだろう。


 運命の日から10年以上の時を経て、俺はようやくスタートラインに立つことができた。明日から多くの屍を積み、果てなく続く血河の先に望みを掴み取る。そのための戦いがはじまる。


「ん……」


 2人の身体がピクリと動く。2人とも初めてだったのに、俺の精をよく受け止めてくれた。


 ああ……この2人のためにも。俺は立ちとまらない。





「おお……! ヴィルガルド様はやはり筋がいいですな……!」


「本当か!? いやぁ、師匠にそう言われると、やっぱり刀にしてよかったと思えるよ!」


 大陸に版図を広げるゼルトリーク帝国の帝都には、皇族の住んでいる皇宮がある。その中庭で俺は剣術指南を受けていた。


「まぁ12才にしては……ですがね」


「なんだよ、それ!」


「ははは。いやしかし、我が故郷では一端の武人となれましょう」


 俺、ヴィルガルド・ゼルトリークはこの帝国の皇子である。と言っても何人もいる皇族の1人であり、皇位継承権など20番目くらいだ。


 将来この大帝国の皇帝になることはないし、どこかの大領地か国に出されることが決まっている身だ。


 だが戦争の多い国だし、皇族といっても下の方なので、騎士団を率いて前線に出る可能性もある。


 そのため上の兄たちが受けているような形式上の剣術指南ではなく、俺には本格的な指導が行われていた。


 俺の剣術指南役として皇宮に招かれたのが、このキリムネ師匠だ。師匠は母の推薦を受けて俺の先生になったと聞く。


 なんでも優秀な剣士を数多く抱える国の出身で、そこでもかなり名を馳せていた人らしい。その国では剣と言えば両刃の剣ではなく、片刃の曲刀が使われていた。


 両刃の剣は本格的に振るには結構重い。当時10才で、まだ成長しきっていない俺の身体では負担も大きかったのだ。


 最初はそれでも頑張って素振りをしていたのだが、ある日それを見た師匠が言った。


『ヴィルガルド様の筋肉のつきかたと刻印術を見るに、刀の方が向いているかも知れません。まだ型もできあがっていない今のうちに、試してみませんか? 実は私もこっちの方が教えやすいのですよ』


 その日から俺は刀を使うようになった。実際こっちの方が、両刃の直剣を振っているよりしっくりきたのだ。


 皇宮警備騎士長は眉をひそめていたけど。


「師匠の故郷って、帝国から南東にあるんだっけ?」


「ええ。武人の国、アマツキ皇国です。酒も魚も美味い、いい国ですよ。いつか案内したいものですね」


 教師はキリムネ師匠だけではない。歴史、薬学、社交、刻印術、音楽などたくさんの科目で先生がつけられている。


 末席とはいえ皇族なのだ、この国の貴族として恥ずかしくない教養は身につけておかねばならない。


 とはいえ、剣術指南以外の時間は退屈そのものなんだけど。


「今日はここまでにしましょう。また2日後に参ります」


「ありがとうございました!」


 ゼルトリーク帝国は500年続く、歴史ある大国だ。皇族の数も多く、その居住地である皇宮の敷地もとても広い。


 だが皇位継承権の順位で、立ち入れる場所がはっきりと分けられていた。下の者はごく一部しか立ち入りが許可されていない。


 しかしその分、他の異母兄弟たちと会う機会も多い。実際、母上も交えてよく他の弟妹たちともお茶会をしている。


「兄さん! 今日はどんな授業を受けていたの?」


「兄さま! わたし今日社交の授業で、先生に褒められたの!」


 成人するまでは基本的に皇宮から出られることはない……けど、それなりに充実した日々を過ごせていた。


 ここで教育を受けた後は15才で成人式を迎え、それから本格的に帝国貴族としての生活が始まる。俺たちは皇族として、帝国の更なる発展に貢献できるだろう。


 この時はずっとこの生活が続くものだと考えていた。将来騎士団を率いたり、他領や他国に行っても皇族として活躍できる様にと、真面目に授業を受けていた。


 そうして約半年が過ぎたある日のことだった。


「ヴィル……!」


「母上? どうかしたのですか、そんなに慌てて……」


 母上は真剣な表情で俺を見ていた。何かよくないことが起きたのだろう。そんな母上の様子を見て俺も不安になる。


「……ここから移動します。ついてきなさい」


「ここから……? しかし母上はともかく、私はこの区画以外の立ち入りは許可されておりませんが……」


「大丈夫です。ヴィルは私が守ります。さぁ……」


 有無を言わせない迫力を感じ、俺は母上の言うとおりに部屋を出た。そして広く大きな廊下を速足で進む。


(何かあったのは間違いない……しかしここでは聞きづらいな)


 今日は何だか皇宮全体から妙な空気を感じていた。具体的に何が……とは言えないけれど、とにかく違和感を感じるのだ。空気がざわめいているというか……。


 そう言えば少し前から社交と歴史の先生が顔を見せなくなった。辞めたとも聞いていないし、代わりの先生も来ていない。


 それにキリムネ師匠も1ヶ月ほどここを訪ねてきていない。こんなに長く剣術指南の時間が空いたのも初めてだ。


 違和感の正体がはっきりと分からなくて気持ち悪い。だがそんなことを考えている今も、足は母上を追って進みつづけている。


 もうとっくに俺に許可されていたエリアの外へと出てしまっているのだ。


「……こっちです」


 突き当りを右に曲がり、少し広い庭園へと出る。するとそこには2人の騎士が待っていた。母上はその者たちに声をかける。


「……待たせましたね。状況は?」


「はっ! 既に騎士団は動いております! 今ならまだ間に合います、急ぎましょう!」


 騎士たちからも強い緊張感を感じた。俺はさすがに不安になり、声を上げる。


「母上。いったい何が起こっているのです……?」


「……ヴィル。今から私と一緒に馬車に乗り、帝都の外に行きます。行き先は私の父が領主として治めている地……リンゼント領です」


「母上の……父上……」


 母上は帝国内において有数の大領主、その娘だった。どういうわけか今からそこへ向かうらしい。目の前の騎士たちも、おじい様の領地関係者だろうか。


 しかしその時だった。いくつものガシャガシャとした音が近づいてくる。姿を見せたのは、10人の騎士だった。その中の1人は知っている顔である。


「おお……。よかった、間に合いましたか」


「…………っ!」


 母上と2人の騎士の顔色が変わる。新たに現れた騎士の1人は、帝都にいくつかある騎士団の1つに所属しており、皇宮警備騎士長を務める男だった。


 その者が右腕を上げる。次の瞬間、母上の前に立っていた2人の騎士に矢が撃ち込まれた。


「え……?」


 甲冑を着ていたためガシャリ……と、大きな音を立てて地面に倒れる。そしてその身体に刺さった矢とそこから広がる血を見ても、俺の頭では今なにが起こったのか理解できないでいた。


「な……なに、が……」


「無礼な! 皇宮で血を流すとは、それでも帝国の騎士か!」


「ははは。既に新皇帝陛下より許可はいただいております。ここを綺麗にするように……と。ああ、それから。人質にする価値もない。リンゼントの血はここで絶て、ともね」


「な……!」


 騎士の1人が俺に矢を向ける。俺は恐怖で思考が硬直し、身体が動かなくなっていた。咄嗟に刻印術を使おうとも考えられなかったのだ。そして。


「あ……」


 母上は俺を庇うように、矢を向けた騎士と俺の間に入る。そして俺に抱き着いた。


 そんな母上の口から血が流れる。その目はとても優し気に俺を見つめていた。


「はは……う、え……」


「邪魔だ」


 母上の後ろに立った皇宮警備騎士長が、抜身の剣で母上の背中を斬る。剣の重く鈍い振動が、密着する母上の身体を通して俺まで伝わってきた。


 母上の瞳から光は消えたが、その腕は俺を離さずずっと強く抱きしめている。騎士団長はそんな母上の身体を、忌々し気に蹴り続けた。


「この……! いい加減、離れろ……!」


「やめ……やめろぉ!」


 なんなんだ、なにが起こっているんだ! は、母上は!? どうしてここを守るはずの騎士たちはこんなひどいことを!? どうして俺と母上がこんな目に合うんだ!?


「もういい、その女の身体ごと突き殺してくれる!」


 騎士団長が突きの構えを取る。そして母上ごと俺を貫こうと、真っすぐにその刀身が伸びてきた……が。


 俺の視界には、腕を斬り飛ばされた皇宮警備騎士長が映っていた。


「な……!?」


「遅かったか……! おのれ……! おのれ、貴様らぁ!」


 そこに立っていたのは、ここ数日姿を見せなかったキリムネ師匠だった。師匠はこれまで見たことのない動きで、ものの数秒で10人もの騎士たちを斬り捨てる。


 見ていたはずなのに、何が起こったのか分からなかった。師匠の動き自体が見えなかったのだ。


 師匠は刀に付いた血を払うと、俺に視線を向ける。その表情にははっきりと後悔の色が刻まれていた。


「すなまい……間に合わなかった……」


「し……し、しょ……お……お、れ……」


 段々母上の腕が冷たくなってくる。ああ……母上は死んだのか。どうしてこんなにはっきりと分かってしまうんだろう。


 朝に目覚めた時は、今日もいつもと変わらない1日が始まると思っていたのに。さっきまで母上と会話ができていたのに。


「ヴィルガルド様……いや、ヴィルガルド。これはわたしの自己満足だ。間に合わなかった贖罪ですらない。だが。母君が守ったその命……ここから先は、このキリムネが繋げてみせよう。我が名、我が刀、そして亡き母の子を想う愛に誓う」


 そして。何も事情が分からないまま、俺は師匠に腕を引かれて帝都を出たのだった。

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