洋平さん
またしても、祐の面影が脳裏をよぎる。
思い出したくないけれど、思い出してしまう。あの日から、俺は誰も信じられなくなったんだ……たった一人を除いて。
『おい、一織。えらく帰ってくるのが遅かったな』
『――仕方ないじゃん。文化祭に出す絵の準備で遅れて』
『なんだそれは。お前の下手くそな絵のために俺たちの時間を奪いやがって。もう外に立ってろ』
そう言われて、一織は雨が降りしきる中、門戸の外の冷たい石畳の上に裸足で立っていた。目はうつろで水を吸って重くなった服が細い体にへばりつく。
――あ……明日、学校行けるかな。
そう思っていた時、前の道を通る人影があった。雨で顔はよく見えないけれど、後姿が祐そっくりで。僕は、思わず声をかけてしまったんだ。
『祐……助け、て――』
『……一織! またかよ……お前の親父、ほんと懲りないな』
『うん……助けて……家に、入れなくて』
『俺の家に、来い』
声が雨音にかき消されそうになる中、君の言葉ははっきり聞こえて。そして、君は僕のことを抱きしめてくれたんだったね。自分が濡れるのも構わずに……それから、一緒に傘に入って君の家まで行ったんだ。雨音で、車が来るのも分からないくらいだったけれどなぜか自分の心臓の音がやけに響いて聞こえたな。
それから、大好きだったんだ。祐、君のことが。ただ一人、信じることができる人だったから。雨も怖くなくなった。雷が鳴ったって、君がいるって想うだけで安心できた。なのに、君は僕のそばから離れて行ってしまったね。
もう、僕は誰も信じることができないよ。
だって、本当に僕が心の底から信じていたのは君だけだったんだ。いつの間にか、君の存在が大きくなりすぎていたんだね……僕の胸に空いた穴は、誰も埋めることができないほど大きくなってしまった。
祐、僕はわがままなのかな。僕は、君を好きになってはいけなかったのかな。
けど、仕方ないよ。僕は、本当に君のことが好きだったんだから。
僕は一体、どうすればいいんだろう………
薄目を開けると、覚さんの胸が目の前にあった。腕は、一織を抱き寄せるようにゆるく背中に回されている。この人を、信じても良いんだろうか。今日会ったばかりの、素性も知らない人。でも、話を聞いてくれた。俺を突き放さずに、受け入れてくれた。
覚さんの温かい体温が伝わってきて、一織は思わず胸に顔をうずめた。落ち着くような、規則正しい鼓動。どこか、安心できるような匂い。あぁ、この人なら受け入れてくれるのかもしれない。俺のことを。突き放さないのかも、しれない。
「か……洋平、さん」
名前を呼ぶと、少しだけ頬が熱くなった気がして。でも、それがなぜなのか分からないうちに一織は久しぶりに穏やかな眠りに引き込まれていった。
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