第37話


その日の夜。


「すー、すー…」


「ん…んぅ…」


彩音と佐藤が家の中で寝る中、俺は一人起き出して焚き火の前に後ろ向きになって座り、森を見つめていた。


…彩音と佐藤と一緒に狭い空間で寝るのが緊張して耐えられなくなった……と言うわけではない。


もちろんそれも若干はあるのだが、1番の理由は胸騒ぎがするからだった。


昼間に見た、破壊された罠。


おそらく獣か何かによって破壊され、捉えられてた獲物は食い殺されたのだろう。


…問題はその獣が何かということだ。


野良犬とかならまだいい。


対処の仕様がある。


しかしそれ以上の肉食動物となると話は違ってくる。


「寝ている間に襲われたらひとたまりもないしな…」


一応野生動物が怖がる火は夜通し灯っているため大丈夫だとは思いたい。


しかし、なんだか胸騒ぎがして眠れなくなってしまったのだ。


だからこうして俺は、見張りをしている。


焚き火の前に腰を下ろし、何が潜んでいるのかわからない暗い森を見張り続ける。


「翔ちゃん…?どうかしたの?」


見張りをしていると後ろで彩音の声がした。


家から出た彩音が、そっと足音を立てないようにこちらに近づいてくる。


「悪い…起こしちまったか…?」


俺が起き出したことで彩音も目を覚ましてしまったのだろう。


俺は彩音に謝る。


「ううん…ちょっと寝苦しかっただけ…翔ちゃんのせいじゃないよ」


そう言って彩音は俺の隣に腰を下ろした。


「佐藤は?」 


「佐藤さんは寝てるかな」


「そうか…」


「翔ちゃんはどうして…?」


「俺は…」


彩音を不安がらせるべきじゃないと思い、俺は誤魔化した。


「たまたま目が覚めたんだ。まだ眠くないとういか……もう少し起きててもいいかなって」


「そうなんだ」


彩音はそれ以上は追求してこなかった。


「…」


「…」


二人してぼんやりと夜の森を見つめながら、

パチパチという炎の音を聞いている。


しばらくなんともいえない静かな時間が流れた。


「どうしてこうなっちゃったんだろうね、私

たち…」


ふと彩音がそんなことを言った。


「楽しい修学旅行の最中だったのに…」


「そうだな」


まさかこんなことになるなんて、フェリーで沖縄本島を出発するまでは誰も思わなかっただろう。


「助け、来るかな…?」


「どうだろうな?」 


来ると信じたい。


しかし俺は、やはりこの状況に違和感を覚えざるを得なかった。


あれだけいたフェリーの客の中から、俺たちのクラスだけがこの無人島に流されてしまったという状況に。


…作為的で人為的。


誰かが俺たちをこの島に隔離した。


そんな一見あり得ないような想像までしてしまう。 


「やっぱり普通の遭難じゃないよね…これ…」


彩音もこの状況に違和感を覚えているのか、ポツリとそんなことを言った。


「そうだな…まだどっちとは言い切れないが……いろんな可能性を考慮した方がいいだろう」


まだこの島に来て一週間と経っていない。


全てが偶然である可能性も残されているとは思っている。


「…翔ちゃんはさ」


「ん?」


俺が自分たちの置かれている状況について、あれこれ考えを巡らせていると、不意に彩音が話題を切り替えてきた。


「佐藤さんと二人きりで……その、一晩過ごしたんだよね?私が来る前…」


「そうだな」


「な、何かなかった…?」


「何か、とは…?」


「も、もしかして…二人にとって私邪魔かなって…」


「…?どういう意味だ?」


「ひ、昼間だって…ほら、家を作るときに…佐藤さんが……翔ちゃんと二人で…」


「…?」


「わ、わからないならいい…っ」


彩音がわけのわからないことを言い出して俺は首を傾げる。


彩音は慌ててブンブンと首を振った。


「と、とにかく…へ、変なことしてないんだよね?」


「変なことって?」


「そ、それはその…」


彩音が顔を赤くして俯く。


なんだろう。


物言いがはっきりしない彩音は珍しい。


俺が彩音の顔を覗き込むと、彩音はふいっと視線を逃すように明後日の方向を見てしまった。


「あ、そういえば…」


俺はふと思い出したことを彩音に尋ねる。


「彩音覚えてるか?フェリーが沈む前に…」


「…?」


「ほら、何か俺に言いかけてただろ?やっぱり今はいいってお前がどっか言っちまって…その後にフェリーが沈んだから結局聞けなかったけど…」


「…っ!?」


「あの時お前なんて言おうとしたんだ?」


「そそそ、それは…っ」


彩音がわかりやすく焦り始めた。


「…?どうかしたのか?」


「あ、あの時は…その…なんていうか…」


「何か重要なことを言おうとしていた気がしたからさ…もし言えるなら今聞くけど」


「えっと…そ、その……まだ言いたくない、かな…?」


「…?」


「い、今こんな状況だし…無事に脱出できたら…ちゃんというから…」


「ということは別にそんな大したことではないのか?」


「た、大したことではあるよ…?す、少なくとも私にとっては…」


「そうなのか!?じゃあ、なおさら…」


まさかフェリーに乗った時点ですでに気分が悪く熱があったけど、それをずっと我慢してたとか、そんなんじゃないだろうな…?


現に今も顔が赤いし…


俺がそう思って彩音を心配したのだが…


「だ、大丈夫…!今は本当に大丈夫だか

ら…!」


「そ、そうか…」


「うぅ…私の意気地なしぃ…」


「…?」


「ううん…こっちの話…はぁ…」


何やら自分に失望したようにがっくりと肩を落とす彩音。


「確認だが、熱があるとか、何かがやばいとか、そういうことではないよな?」


「そういうわけじゃないかな…」


「ならいいが…」


緊急性のある話ではなさそうだし、まぁ彩音が話してくれる時でいいか。


そう思い、俺は彩音とともに見張りを継続するのだった。

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