第19話


「やっぱり無理だよ…」


「全然魚捕まえられない…」


「浜田くんたちはどうやって魚を捕まえたの…?」


それから数時間後。


彩音や谷川、その他の生徒たちは必死になって海に入って魚を追いかけていたが、結局一匹も捕まえることは出来なかった。


ほとんどの生徒が、一向に実を結ばない徒労にうんざりとした表情を浮かべている。


「やっぱり全然だめだね…」


「そう、だね」


昨日魚を食べられなかった生徒たちのために必死に魚を捕まえようと奮闘していた彩音と谷川だったが、結局魚を捕まえることは叶わなかった。


「本当に、浜田くんたちは昨日どうやって魚を捕まえたの?」


「さあ。でも、何か特別な方法を知っていることは確かだよね。問題は、どうして今その方法をみんなの前で実行しないのか、だけど…」


チラリと彩音は浜田の方へ視線を移した。


「…っ」


すると一瞬浜田と目があい、どきりとした。


浜田が口元にニヤリと下卑た笑みを浮かべる。


彩音は背筋をぞわりと撫でられたような気がして、慌てて目を逸らした。


「みんな、よく頑張ってくれた。少し休憩しようか!」


彩音が俯いて顔を上げないようにしていると、サクサクと近づいてくる足音が聞こえてきた。


浜田だ。


わざわざ彩音の目の前までやってきて、皆に小休憩を呼びかける。


「レディファーストということで女子たちから水を飲みにいっていいよ。僕たち男子はここで待ってるからさ」


「やったぁ!」


「浜田くんありがとう!!」


「はぁ…喉からから〜」


「早く水飲みに行こうー」


女子生徒たちは浜田の許可が出たことで嬉々として海から出て森の中へ入っていく。


「ほら、島崎さんも早く休憩に行かないの?」


「…っ」


浜田が森の方を指差しながらそんなことを言ってきた。


「い、行くよ」


「クク…十分に水分補給しておくんだよ?君に死なれたら困るんだ」


「…っ」


彩音は気味が悪くなって、谷川を連れてすぐに浜田の前から去った。


「じゅ、淳子ちゃん。行こう!」


「う、うん…」


彩音はなんとなく背中を見られていると感じながら、決して振り返ることなく、森の中へ谷川と共に入ったのだった。




「なんか彩音ちゃん、浜田くんに気に入られてる?」


森に入って女子生徒たちの集団を追いかける。


その途中、谷川が彩音に対してそんなことを言ってきた。


「き、気に入られる!?どうやったらそう見えるの!?」


谷川の発言に彩音が悲鳴のような声をあげる。


「え、なんかごめん」


「あ、いや…別に…その……」


「だ、だってほら……浜田くんなんかしょっちゅう彩音ちゃんに話しかけてない?昨日魚を食べる人を選ぶ時も……最後に彩音ちゃんを選んでたし…」


「うぅ……気に入られてるんじゃないよ…それだけは絶対にない…」


「でも、可能性あるよ。彩音ちゃん可愛いから……浜田くん昨日、魚を食べられる女子を選ぶときに、明らかに可愛い子から選んでたから…」


自重気味に淳子がそんなことを言う。


「私は別に可愛くなんてないよ…それに、浜田くんが私に付き纏うのは……もっと別な理由な気がする…」


「別って…?」


「あんまり、よくない理由…」


言葉にできないが、しかし身の危険が迫っているようなきが彩音にはした。


「早く翔ちゃんのところに行かないと……早く迎えにきてほしい…」


「翔ちゃん…?あ、佐久間くんのこと?」


「う、うん…翔ちゃんと別れる時に必ず迎えにきてくれるって、約束して…あ!こ、これ、誰にも言わないでね…?」


「う、うん。言わないよ。もちろんだよ」


「はぁ…翔ちゃん。大丈夫かな?」


「彩音ちゃんってさ…学校でもいつも佐久間くんと一緒にいたよね?もしかして二人って付き合ってるの?」


「ふぇえええ!?」


淳子の不意打ちに彩音は素っ頓狂な声をあげる。


「え、違うの?」


「ち、違うよ…!私と翔ちゃんはそんなんじゃないよ…!」


「じゃあ、どうしていつも一緒に?」


「お、幼馴染だから…」


「へぇ、そうなんだ」


「う、うん…」


「ふぅん…?でも、本当にそれだけ?」


「そ、それだけって…?」


「あはは。彩音ちゃんってすっごいわかりやすいんだね。顔真っ赤だよ?」


「…っ!?こ、これは…!いきなり淳子ちゃんが変なこと言うから…!」


「はいはい。そう言うことにしておくね」


昨日のことですっかり心を許しあい、和気藹々とした会話をしながら森の中を進んでいく二人。


そんな中、不意に彩音が足を止めた。


「…?彩音ちゃん?どうしたの?」


「いま、何か聞こえなかった…?」


「何かって…?」


「浜辺の方から……誰かの悲鳴みたいな…」


彩音は確かに聞いた気がしたのだ。


浜辺の方向から、誰かの悲鳴のような一声を。


「気のせいなんじゃない?」


「そう、かな…?」


耳を澄ましてみても、もう何も聞こえては来なかった。


しかし彩音には何かが引っかかった。


「淳子ちゃん、悪いんだけど、先に行っててくれない?」


「え…?」


「私もすぐに追いつくから」


「彩音ちゃん!?」


彩音は踵を返して、一人で森の中を引き返していった。


(嫌な予感がする……なんだろうこの胸騒ぎ……浜辺で何か、よくないことが起こってる気がする…)

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