展示会
昼の休憩が終わり、会社に戻ろうと事務所の入っている
ビルのエレベータに乗りこんだ。扉が開くとそこは
会社からは少し離れたデパートの雑貨売り場だった。
そこから会社に戻ろうとデパートの中を歩いていたら
いつの間にか地下の商店街に出た。複雑で迷路のように
入り組んだ地下街の中で道に迷った僕は、あせって
行ったり来たりしながら長い間歩き回っていると
いつの間にか地上に出ていた。
辺りはすっかり日が落ち、街頭やビルの窓明かり、
車のヘッドライトがまぶしかった。時計を見ると
すでに終電も終わる時刻だったので、僕は会社に戻るのをやめ、
そのまま家に帰ろうと思い、深夜バスが発着する
バスターミナルまで歩いた。発着所に着くと自宅方面の
バスがちょうど発車するところだったので急いで乗り込んだ。
かなりの人が乗っていて車内は混んでいた、席も埋まっていた。
僕は立って出発を待った。なぜかそのバスの中は夜中なのに
室内の照明が全くついておらずバスの中は真っ暗だった。
ほどなくして出発し吊革につかまりながらバスに揺られていると
一人の男がこちらをじっと見ていることに気付いた。
にやけた顔の怪しい雰囲気の男だった。
僕が肩からさげていたプラスチックの製図入れの筒を
狙っているようだと気づいた。これには会社の機密事項を
含む最新製品の設計図が入っていた。
僕は怖くなって次の停留所に着くと慌ててバスから降りた。
そこで僕は急に仕事を思い出した。今日は展示会場に行って
客と重要な商談をしなければならなかったのだ。
もう夜中なので待ち合わせの時間はとっくに過ぎており、
客は当然帰ってしまっていると思ったが、とりあえず
会社のブースがあるその会場まで行ってみることにした。
歩いているうちに、いつの間にか、じめじめした薄暗く
古びた地下道に迷い込んだ。天井からはポタポタと水が
漏れていてコンクリの床はびちょびちょに濡れていた。
そこには怪しげな雑貨屋や古着店が数件ありインドの
ピッピーのような派手な服装の店員がけだるそうに
店番をしていたり、店の前ではラッパーの若者が
ゲラゲラ笑いながらスケボーで遊んでいて、
騒音が地下のコンクリートに反響して響いていた。
僕は彼らに見つからないよう注意しながら、その前を
足早に通りすぎ、階段を急いで駆け上がって地上に出た。
そこはすぐ脇を高速道路が走る高台のような場所だった。
眼下には古びたトタン造りの家が何軒かあり、まるで外国の
スラム街のようだった。展示会場にはそこを抜けてゆくのが
早そうなので、トタンの小屋の間のぬかるんだ小道を
急ぎ足で歩いた。インド人の子供が道の真ん中で堂々と小便を
しており、すれ違う時に僕に満面の笑みを浮かべてきたが、
僕はその子に気づかないふりをして通り過ぎた。
しばらくするとガラス張りの明るい近代的な建物が見えた。
目的の展示場だった。歩き疲れて喉が渇いていた僕は、
ジュースの自販機を見つけると、お金を入れた。
パチンコのようなゲームができる販売機で、玉が穴に入れば
もう一本ジュースをもらえるらしかった。
お金を入れるとピコピコと電子音がして玉が出て来たので
レバーを回したが、当りの穴には入らなかった。
ジュースを一気に飲み干し、明るくガヤガヤした展示会場入ると
驚いたことに、待ち合わせの場所で客はまだ待っていた。
商談に遅れたことを何回も詫びると、何故か客は怒りもせず
なに事もなかったかのように淡々と仕事の話を始めた。
ともかく無事仕事が終わった僕はタクシーを捕まえ家まで
帰ろうとしたが、いっこうにタクシーが見つからないので、
そのまま自宅まで歩いて帰ることにした。かなりの距離があり
歩いて帰るのは何時間もかかるのだが、その時は何となく
歩いて帰れそうな気がしたからだ。
どれくらい時間がたったのか分からないが、気づくと
知らない田舎道を歩いていた。それに何故かすでに真昼間に
なっていて、明るい夏の日差しがさんさんと照り付けていた。
ジージーと蝉の鳴く声も聞こえた。僕の額からは、とめどなく
汗が吹き出していたが、気にせずにどんどん歩いた。
しばらく歩いていると、草の生い茂った狭い堤防沿いの
小さな畑で野菜を作っている老人を見つけた。その人に
道を聞こうと声をかけた。つばの広い麦わら帽をかぶった
その老人は作業の手を止め、肩にかけた手ぬぐいで額の汗を
ぬぐうと僕の方を見た。僕に顔が似ていると思った。
老人もそう思ったのか、僕とその老人は互いにじっと
見つめ合ったまま、しばらくの間動かなかった。
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