埠頭
その日は仕事が立て込んで終電に間に合わなかった。
午前1時ごろようやく仕事を終わらせ、今夜泊まる
ビジネスホテルを探そうと街に出たが、どの宿も
満室だった。仕方なく運河沿いの道をブラブラ
当てもなく歩いていると、小さな船着き場を見つけた。
そこには小さな観光船が停留しており、船体には
〈埠頭行き・夜行観光船〉と書かれていた。
埠頭に行ってみるのもいいかなと思い立ち、
木造の古びた待合小屋に入ると券売機で切符を買った。
船頭に切符を見せ、小さなエンジンボートに乗り込んだ。
船頭がエンジンの紐を勢いよく引っ張ると、ブルブルと
弱弱しい音を立てながらエンジンが点火した。
小型船はトコトコとリズミカルなエンジン音を
響かせながらゆっくりと夜の運河を進んでゆく。
船着き場が徐々に小さくなってゆくのがみえる。
スクリューの波紋が運河沿いの街路樹の明かりに
照らされキラキラと輝いている。
冷たく爽やかな潮風を頬に感じながら、僕は湾内を眺めた。
キリンのような形をした大きなクレーンが立ち並び、
チカチカと点滅している。黄色や青色のコンテナが
積み木のようにいくつも積み上げられ、その奥には
青白くライトアップされた石油コンビナートや製鉄工場が
そびえ立っている。鉄の塊が複雑に絡み合って構築された
その人工物は白い煙を吐き出し、まるで生きている
巨大な生物のように美しくも不気味な存在感を放っている。
しばらくすると対岸の埠頭が見えてきた。もう真夜中のはずなのに
ぎらぎらと明かりが眩しく、まるで昼間のように明るかった。
船着き場には船乗りや荷下ろしの作業員だろうか、大勢の人々で
ガヤガヤと賑わっていた。
食事を出す屋台や酒やビールを提供している店もあり、仕事を終え
一杯飲んで陽気に騒いでる船乗りや荷積みの労働者で活気に溢れている。
空腹だった僕は、一軒のそば屋に入ると天ぷらそばを注文した。
そばを食べていると、一人の中年女性が話しかけてきた。
笑顔でなにか僕に懸命に説明しているが、周囲の喧騒にかき消されて
何を言ってるのかは理解できなかった。
食べ終わって通りを歩いていると、さっきのおばさんが僕を見つけ
また話しかけてきた、しきりについて来いと手招きするので
根負けして、よくわからないままとりあえず後を付いて行った。
しばらく歩いているといつの間にか薄暗い路地に入っていた、
僕は不安になり辺りをきょろきょろ見渡していると
おばさんは急に立ちどまり、「あそこが今夜の宿です。良い旅を」と
僕に言い、路地の間から見える大きな建物を指さした。
原色の看板がネオンに照らされ、ぎらぎらと光っている。
どうやら、このおばさんは旅人のために宿泊案内をするのが仕事のようだ。
外国の観光地にはよくいるが、日本ではめずらしい。
僕が礼を言おうと振り返ると、おばさんはもういなかった。
その看板を目指し路地を進むと突如として目の前に、帽子をかぶった
巨大なペンギンの看板があらわれた。量販店ドンキーコングだった。
なぜホテルではなくドンキーコングが宿なのかは分からなかったが
中に宿泊施設も併設しているのかもしれないと思い店内に入った。
営業はしているようだったが、客や店員は一人もおらず
エスカレーターも止まっていて、店の中はかなり薄暗かった。
階段を上ってゆくとパーティーグッズ売り場に出た。
ラメの衣装や金髪のかつら、ビンゴゲームなどが所狭しと
並べられている。店内が暗かったので何やら不気味に感じた。
僕はその奥に子供が遊ぶための遊技コーナーを見つけた。
ゾウさんの滑り台やプラスチックのロボット、ウサギの
ぬいぐるみ、大小のカラーボールなどがあった。
もう眠気が限界に達していた僕は、今夜はここで眠ろうと
床に敷かれた色とりどりのウレタンマットの上に横になった。
ふと誰かの視線を感じた。目を向けると巨大なキリンの
ぬいぐるみがじっと僕を見ていた。僕は見なかったことにして
そっと目を閉じた。
遠くで、音楽が聞こえた。
「♪どんどんどんどん、ドンキ~、ドンキ~コング~・・・」
僕は、静かに眠りについた。
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