勇者の証

僕はジャングルのようなところを旅している。

南米かもしれないしマレーシアの山奥かもしれない。

気が付くと僕の左腕に幾何学模様の入れ墨が

描かれている。あるいは、塗料で描いたペイント

なのかもしれない。


僕の隣にいる現地のツアーガイドらしき屈強な

外国人が、僕の腕を見てニヤニヤと笑っている。

「これは何だ。いつのまに描いたんだ」と聞くと

男は、この模様はジャングルの原住民に代々伝わる

勇者の印で一人前の男の証明だ、お前は今日から

勇者として生きてゆくんだ。と誇らしげに答えた。


それから僕はガイドの先導で、うっそうと草木が

生い茂る道なき道を何時間も歩いた。前を歩く

ガイドの背中にはさっきから30cmくらいの巨大な

カミキリムシのような不気味な昆虫が止まっている。

しかし男はそれを気にする様子は無い。


「おい、勇者とは具体的に何をしたらいいんだ?」

と男に聞くと、こちらを振り返り、真っ白い歯を

むき出しにし、満面の笑みをたたえながら

「別に、何にもしない。勇者は何もしないんだ」

と言った。なんだかよく解らないが、とにかく

男の後を付いて、僕はジャングルの中を歩き続けた。


しばらく歩くと池があり、大きな蓮の葉のようなものが

水面にたくさん浮かんでいた。葉の上には20cm以上は

ありそうな巨大なイチジクのような赤い実がなっている。


突然、ガイドの男が池にざぶんと入り、その実をもぎ取り

二つに割って、片方を僕に手渡した。手に取って中を見ると

ゼリーのようなトロっとした透明の液体で満たされている。


ガイドの男が、飲み干せというような仕草をしてくるので、

僕は仕方なくそれを一気に飲み干した。味は悪くなかった。

すると男は突然「ホッ!ホッ!ホッ!ホーーッ!」と

雄たけびを上げながら、ジャングルの中へと消えていった。


いつの間にか僕は病院のベッドで横になり、点滴をうけている。

どうやらジャングルで気を失ってしまったようだ。

目を覚ました僕を見て、医師が外国語で何か言葉を発した。

その横の看護師の女が点滴の具合を確認しながら、僕の腕の

ジグザクの幾何学模様の入れ墨らしきものを、ちらちらと

見ているのに気付いた。


「ジャングルで現地のガイドに入れられた模様なんです。

たぶん洗えば落ちると思います、ただのペイントですよ。

勇者の証みたいなんですけどね、どうなんでしょうハハハ」

と僕が言い訳っぽく言うと、女はそんなことどうでもいい、

気にしてない、という表情を浮かべ大げさに肩をすくませた。


しばらくして点滴を終えると看護師から、もう帰っていい

と言われたので、少し痛む腕をさすりながら蛍光灯が

チラチラと点滅する薄暗い院内の階段をゆっくり下りた。


出口らしい扉が廊下の突き当りに見えた。僕は自分の足音が

こだまする狭い廊下を歩いて行った。床はワックスを掛けた

ばかりなのか、つるつると滑り、蛍光灯の緑の光を反射して

ギラギラと波打って見えた。


鉄製の重く大きな扉を開けると、強烈な明るい光で

一瞬目がくらんだ。そこは日本の僕の家の前だった。

左腕が無性に痒かったので見てみると、勇者の模様は

跡形もなくなく消えていた。

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