自称ぽんこつ令嬢は、今日も記憶をなくしたい。なのに殿下からの溺愛が止まりません.

美杉。節約令嬢、書籍化進行中

第1話

「で、ディアナ。は、本当に記憶をなくしてしまったのかい?」


 

 柔らかなアイスグレーの髪に、宝石のような紫の瞳を持つ私の婚約者、リオン様はその優しそうな外見とは裏腹に目が全く笑っていなかった。そしてそんな表情のまま私はこのお方のお膝の上に横向きに座らされている。


 でも今ここで引き下がっては、何もかも水の泡になってしまう。


 あぅーーーーーー。そう、我慢。我慢なのです。で、でもなんでお膝なのですか?


 顔が近い。匂いがする。


 わ、私《わたくし》には、無理です。あああああ、整った顔が尊すぎる。



「執事が、階段の下で倒れている私を発見したそうなのです。お医者様に見ていただいたところ、頭の後ろにコブが出来ていて……。お、おそらく階段から落ち、その時に記憶を失くしたのだと」


「ああ、コブというのはもしかしてこれかい?」



 長く綺麗な指が、私の茶色に近いブロンドの髪を掻きわける。その腕から、ほのかにムスクの匂いがした。


 ああ、この匂いが好きなどと言ったら、きっと私は変態さんになってしまう。


 離れたいと思うのに、このままこの腕の中にいたいという衝動。真逆の考えなのは自分でも分かってる。でも、どうにもならないんだもの……。



「あ、あのぉ」



 後頭部にできた小さなコブを見つけると、リオン様はまるで子どもをあやすかのように撫でた。ああ、気持ちいい。うん、ホッとする。


 って、なでなでされるのも好きなのですが、違います。これではダメなのです。絶対にダメ。


 リオン様のペースに巻き込まれてしまっては、また流されてしまうから。



「これは痛かっただろう。かわいそうに。それで僕のことを忘れてしまったというんだね」


「はい、そうなのです。ですので、殿下のことを忘れてしまった私はもぅ……」


「でも僕が殿下ということは覚えているんだね、ディアナ」


「ええっとですね……んと……」



 ああああああああ。でもだって。うーーーー。


 嬉しそうにリオン様が私の顔を覗き込む。そう、私は本当に記憶を無くしたわけではない。この婚約を破棄したいための、演技だった。


 でもまだです。まだ負けません。私だって、何度もこんなやり取りをやっているわけじゃないのですから。



「そ、それは殿下がここへお見舞いに来られるというのでその前に執事や両親に確認したんですわ。粗相があるといけませんので」


「ふーん、そうなんだ」


「そうなんです」



 簡単な誘導尋問になんて、もう引っかからないんですから。そんな残念そうな顔をしてもダメです。なにせ、婚約してからそこれで32回目の記憶喪失ですから、落ち着けば大丈夫。きっと今日こそは大丈夫。


 フラグなんかじゃ絶対にないんだから!

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