第3話クラスに馴染む

転校してきてから三日目だと言うのに気が重い。

昨日の放課後の下駄箱の中の手紙が意味している事を考える。


「セイジョサマニチカヅクナ」


(近づくなと言われても…僕から近づいているわけではない。それに周りが敵だらけに見えて異分子の僕は孤立している。しかしこのままで良いのだろうか?聖女様の厚意は素直に嬉しい。でも周りに認めてもらっていないのに彼女の厚意だけに甘えて良いのだろうか?ここは自分から行動に移るべきか…)

そこまで思考がまとまると本日から行動に移すことを決める。

登校してすぐにクラスの中心人物である佐藤くんに挨拶をする。

「おはよう」

できるだけ明るく元気な声で、けれど威圧的にならないように。

「………。おぅ」

彼は何とも言えない表情でたった二文字の言葉を漏らすだけだった。

(まぁ行動に移した初日はこんなものかな…。でも…もう一歩踏み込んでみよう)

前の学校で僕は陰のものであったわけではない。

普通に仲の良い生徒が居たし普通に嫌いな生徒も居た。

そんな一般的な生徒だった。

僕の人となりを知らないのに嫌われる謂れはないし彼らを嫌う充分な理由もない。

それなのでお互いに歩み寄りは必要なのだ。

「昨日の音楽番組見た?佐藤くんが体育の授業で着てたTシャツってバンドの物販でしょ?音楽好きなの?」

転校先の高校には指定の制服が存在するのだが私服登校も可なのだ。

それは体育の授業も然り。

ジャージなどの動きやすい格好のものであれば自由なのであった。

自由な校風。

生徒の自主性に任せた校則。

髪色や服装に縛りはないので教師も必要以上に干渉してこない。

というのが転校してきて三日目にして気付いたことだった。

「あ?お前も好きなん?物販って分かるってことはお前もライブ行ったことあるん?」

彼は少しだけ話に乗り気になっているようでこちらに身体を向けた。

「あるよ。ライブハウスもドームも観に行ったことある」

それを耳にして彼は軽く笑って頷いた。

「マジか。センスあるじゃん。他にどんなバンド好きなん?」

「えっと…」

そこから彼と好きなバンドの話で盛り上がると次第にクラスメートが集まってくる。

「何の話〜?」

「佐藤がテンション高いの珍しいじゃん」

「なになに〜?どうしたの〜?」

そんな具合にクラスメートが集まってきて話の輪は広がっていく。

HRが始まるまで僕と佐藤くんを中心とした輪で話は盛り上がり、少しずつクラスに溶け込めつつあった。

「廣木くんって意外に話せるんだね〜。勝手に暗い人なのかと思った」

「私も私も〜。聖女様は暗い人には特別優しくするからさ。勝手に思い込んでたよ」

「私達も新しいクラスになってまだ日が浅いから団結力も薄くてさ。これからは皆で仲良くしていこうね〜。そうだ。皆でトークグループ作ろうよ」

一人の女子生徒が口を開いてスマホを取り出すとその場の全員がそれに倣った。

簡単に連絡先を交換して担任の教師がクラスに来るまで話は続くのであった。


「皆と仲良くなれてよかったね」

隣の席の聖女様こと清野白夢は笑顔で口を開くと僕もつられるように笑って頷いた。

「本当に良かった。このまま孤立するのは勘弁してほしかったから」

そう答えると彼女は少しだけ心配そうに口を開いた。

「お昼だけは…ふたりきりになれるのかな…?」

そんな甘えるような態度に僕の心がくすぐられると当然のように頷いた。

「うん。こちらこそそれは喜んでお願いしたいな」

正直な気持ちを口にすると彼女は軽くガッツポーズを取って喜んだ姿を見せた。

「ありがとう。そう思ってくれてて私も嬉しいな」

その甘い笑顔に惚けていると彼女は軽く小首を傾げる。

「どうかした?」

彼女の言葉で現実に引き戻されると首を左右に振って応えた。

(こんなに可愛い娘が僕のことがタイプ?信じられないな…。そもそもこんな態度取られてたら僕が好きになってしまう…。昨日の手紙に記されていた近づくなという警告文。それに従うわけではないが、その正体がわからないと清野さんとの関係を進めることも出来ないな…)

清野の独り言を真に受けるわけでもないが一応頭の隅に置くとして物事を考える。

それなので警告文を出してきた人物にも認めてもらえる存在にならないといけない。

そんな事を軽く思考したのであった。


本日の昼食も五階の廊下のベンチで二人して彼女の作ってきたお弁当を頂く。

「今日もありがとう。大変美味しかったです」

感謝を告げると彼女は軽く苦笑して、

「寝坊しちゃって大半は冷凍食品だったんだ…ごめんね」

などと言い訳のような言葉を口にする。

「なんで謝るの?冷凍食品で充分だけど?全部手作りなんて大変でしょ…。料理をしない僕でもその苦労は分かるよ」

「でも手作りを食べてほしくて…」

そのどうしようもない奉仕の精神に心打たれると増々彼女のことを好きになりそうで怖かった。

「清野さんが無理をしない範囲でお願いします」

そこまで口にすると彼女は喜んで頷く。

「明日も作ってきていいですか?」

「是非。むしろ嬉しいし助かってるよ。ありがとう。何かお返ししたいんだけど…何が良い?」

「お返しなんて…」

「いやいや、食費だって掛かるんだろうしお弁当作ってもらって何もお返ししないなんて世間に知られたらきっと叱られる」

「じゃあ…」

彼女はそこで少しだけ悩んだような表情を浮かべると急にパッと表情を明るくさせて口を開いた。

「デート!デートしたい!」

それを耳にして僕の心はドキンと跳ね上がる。

「本気で言ってる?」

彼女はその言葉に激しく頷くので僕はそれに了承の返事をする。

「いつにする?」

「今週の土曜日がいいな」

それに頷くと今週の休日にデートをすることと相成った。

昼休みを終える予鈴が鳴ると僕らはクラスに戻っていく。

清野と一緒にクラスに戻っても本日はクラスメートも嫌な視線を送ってくることはなかった。

ホッと胸なでおろしていると机の上には見覚えのない手紙が一枚。


「セイジョサマヲヒトリジメスルナ」


それに顔をしかめていると佐藤くんがこちらにやってきて口を開いた。

「それ。聖女様のファンクラブの奴らの仕業だよ。全員女子で構成されてて特に聖女様と仲良くしている男子生徒に送りつけてくるんだ。別に悪さはしてこないから無視しても大丈夫だと思うけど…一応気をつけてな」

彼の忠告に感謝の言葉を口にすると次の目的が見つかったような気がした。


(ファンクラブにも認めて貰えるぐらいの存在にならないとな…)


そこまで思い至ると午後の授業に励むのであった。

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