第2話聖女様とお昼休み

昨日とは打って変わって態度が軟化した理由を僕は知っているわけで…。

一日、家で考えて少しは気持ちを落ち着けることができたのだろう。

清野にとって何故か僕の外見はストライクゾーンらしい。

それは素直に嬉しいのだが僕は僕で上手く応えることが出来なさそうだった。

簡単にホイホイとついていくのも出来るだろう。

けれど少しだけ疑ってしまう。

彼女は聖女様と呼ばれるぐらいだ。

僕以外には優しい。

放課後のあの独り言だって本心かどうかなんて僕にはわからない。

ぎこちなく、冷たいように感じていた態度も転校初日でお互いに人見知りをしていただけかもしれない。

だから今日からは態度が軟化して優しく映るのかもしれない。

そこまで思い至るが目の前の彼女はこちらの様子を窺うような視線を送ってきている。

「コンビニでパンを買ってきたけど…良かったらそのお弁当も食べていいかな…?」

その提案に乗る事を決めると答えを返す。

彼女は非常に喜ぶ態度を取ると思っていたがそのようなことはなく。

「そう。じゃあこれ。明日からは忘れないようにね?」

「ありがとう」

感謝を告げて席に腰掛けると彼女はスマホをこちらに向けてくる。

「なに…?」

思わず問い返すのだが…。

「連絡先…」

ぼそっとそれだけ告げられて思い出したかのようにスマホを取り出した。

「あぁ…ごめん。どうぞ」

スマホの画面にトークアプリの連絡先を表示させると登録はすぐに済む。

「私以外に友達は出来たの?」

唐突な質問に僕は困惑してしまうのだが転校二日目でまだ友達など居るわけもなく。

それに対して首を左右に振って応えると彼女は嬉しそうに微かに笑った。

「じゃあお昼一緒に食べない?」

急な提案に面食らってしまうが一人で心細い昼食になるよりは圧倒的に良いので肯定の返事をする。

「是非お願いします」

お辞儀をして応えると彼女も頷く。

そのまま予鈴が鳴り響くとHRは始まった。

担任の教師が出席確認をして軽く話をするとすぐに朝のHRは終了する。

友達ではないがクラスメートの男子が険しい顔つきで僕のもとを訪れる。

「聖女様にお弁当貰ってなかったか?」

「うん。貰ったけど…」

その答えを耳にした男子生徒は青筋を立てる勢いで怒り出す。

「お前…っ!調子のんなよ!」

意味のわからない罵倒を受けていると隣で様子を見ていた聖女様こと清野白夢は当然のように口を挟んだ。

「佐藤くん。やめよ?廣木くんは学校のことを知らなくて昨日もお弁当を忘れたの。だから心配になって私が二つ持ってきただけだから。廣木くんは調子乗ってなんか居ないよ?転校してきたばかりで心細いんだからそんなこと言わないであげて?」

佐藤と呼ばれるクラスメートは清野の話を耳にして仕方なさそうに頷くと僕に一言だけ残して姿を消す。

「聖女様の厚意を勘違いするなよ?皆に優しいんだからな?お前が特別じゃない」

それに一応頷いて応えると心臓が少しだけ早く高鳴っていることに気付く。

恐怖のような緊張が僕の胸を占めていた。

「廣木くん。さっきの言葉は気にしないでね」

それに頷くのだが明らかに他の男子生徒の視線も僕を敵認定しているようなものだと思った。

(これはマズイかもしれないな。クラスで孤立するのは得策ではないし…。でも聖女様と仲良くしたいしな…)

そこまで思考するのだが上手い答えが出てこずに一限目はスタートしていく。


一限目から四限目まで清野と机をくっつけて教科書を見せてもらいながら授業を受けていく。

それも快く思わないクラスメートの視線に晒されながら少しずつクラスでの居場所はなくなりつつあることを感じた。

そして訪れた昼休み。

僕は清野から貰ったお弁当を片手に教室から抜け出した。

(聖女様と一緒にお昼食べてるところなんて見られたら何言われるかわからないからな…)

廊下を早歩きで通り過ぎると階段を登って独りになれる居場所を求めた。

五階に向かうと人の気配がせずにシーンとしていた。

廊下端の窓際のベンチに腰掛けるとお弁当を広げる。

お弁当の中身はからあげ、カニクリームコロッケ。

ほうれん草のおひたし、きんぴらごぼう、卵焼き、ミニトマト。

栄養バランスも色合いも抜群なお弁当に深い感謝の念を込めて両手を合わせる。

「いただきます…」

独り言のように口を開くと後方から足音が聞こえてくる。

「こんな所に居た…。どうしてクラスに居ないの…一緒に食べようって言ったのに」

当然のように姿を現したのは清野白夢で、彼女は僕の対面に腰掛けて自分の弁当箱を広げる。

「約束通り一緒に食べよ?」

その言葉にどうしよもなくなり頷くと二人して食事を開始する。

「女子と一緒に食事するなんて初めてだよ」

その言葉に彼女は、

「ふぅ~ん」

とでも言いたげな表情で頷くと食事の手を止めなかった。

しばらく無言のまま食事が続いていくと彼女は思考が定まったのか手を止めて口を開く。

「じゃあ明日からもここで一緒に食べる?」

その魅力的な提案に正直頷きたい。

けれどクラスメートの気持ちを考えると彼女を独り占めして良いのか悩みものなわけで…。

「佐藤くんの言葉が残ってるの?気にしなくていいよ。後で私がちゃんと言っておくから」

「何て言うの?皆が納得してくれるとは思えないけど…」

僕の返答を耳にした彼女は当然のように答えをくれる。

「大丈夫だよ。クラスに馴染むまで私が廣木くんの相手をするけど皆も過剰に反応しないで?先生にも言われたでしょ?私が学校案内を任されたんだから責任持って対応しているだけだよ。みたいな感じで言っておくよ」

彼女は美しく微笑んで口を開くので僕もそれに納得したように頷く。

聖女様の圧倒的外見の良さが妙な説得力を持たせているようだと感じた。

色素の薄いミルクティーカラーの長い髪も、清楚に見える薄いメイクも、長いまつ毛に整った眉毛も、小顔で小さな口も、何もかもが僕の目にも美しく映った。

清野の美貌に惚けるように目を奪われていると彼女は小首を傾げた。

「どうかした?」

「あ…あぁ…。女子にお弁当を作ってきてもらうのが夢だったんだ。清野さんのおかげで一つ夢が叶った。ありがとう」

正直に感謝を口にすると彼女は薄く微笑むと続けて口を開く。

「良かったら明日も作ってこようか?」

「そんな…悪いよ…」

「一つ作るのも二つ作るのもそんなに大差ないから。じゃあ作ってくるってことで」

彼女は一方的に口を開くと話を勝手に進めていく。

廊下の窓の向こうから眩しいぐらいの陽の光が挿し込んできて軽く顔をしかめた。

先程まで曇り雲に隠れていた太陽が顔を出し僕の心境とリンクしているようだと微かに感じる。

昼食を終えて残りの昼休みを二人で談笑して過ごす。

「前の学校ではどんな感じの生徒だったの?」

「彼女はいた?」

「バイトとかしてた?」

「趣味は?」

「好きな音楽は?」

彼女からの質問に一つずつ答えると昼休みは終わってしまう。

クラスに戻る途中にわざとらしくお手洗いに入ろうとするのだが彼女は薄く微笑む。

「大丈夫だよ。ちゃんとクラスメートには言って聞かせるから。私と二人で居ても心配ないよ」

心の奥底まで見透かされているようだと感じると照れたように笑ってクラスに戻る。


宣言通りに清野はクラスメートに話をして皆はそれを渋々受け入れているようだった。

これで僕の学生生活も安泰かと感じていると…。


「セイジョサマニチカヅクナ」


妙に角張った文字の手紙が下駄箱に入っていて僕の淡い期待は一瞬で砕かれるのであった。

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