10 夜水、日記帳を見る

 夜水はデスクにあるピンクのノートに今後の展望を書いた。


 ・キャンピングカーのパーツをゲットする 

 ・キャンピングカーを直し地球の座標を得る

 ・時空旅行の許可を得る為に〝恐竜の毛〟を取りたいと打診

 ・許可が出たらデータを取りに行くと見せかけ地球に還る

 ・ハッピーエンド


「こんなとこか……」

 トントン拍子で事が運ぶか不明だけど、展望があるなら縋りたい。

「擬似レコードが何年まで一般公開されているか知りたいな」

 自分が地球で読んだ公開疑似レコードは三年前の物だった。

 一年以上前の記録に『恐竜の毛は取得済みです』と書かれていたら絶望しかないが、なかったら希望が持てる。

 じゃあ研究員に「恐竜の毛なんか、もう本体の疑似レコードにあるから」と言われた場合は、また別で考えるとして。

(とりあえず辻にパソコンを借りて調べてみよう)

 間抜けな研究員が『地球』を見落としているかもしれない。爆笑していた研究員達を思い出すと、ふつふつと怒りが湧いてくる。

「見てろよ! このやろーが!」

「五月蝿い」

 正面から丸めた紙が飛んできて夜水の頭に当たった。


 ****


 夜水は足取り重く実家に帰宅した。

 これから辻の家に行くとしても、まず性別逆転家族に会わなければならない。


 服を取りに行く。


 このミッションを遂行しなければ、素っ裸で過ごすことになる。

 いくら心が男同士だとしても、それは御免蒙りたい。

「鬱だ」

 玄関を開けた瞬間、夜水は猛ダッシュで階段を駆け上がり、二階の自室に飛び込むとすみやかに鍵を閉めた。息切れすら聞かれないようにしたいのに。

「ちょっとぉ~夜水ぅ~ただいまの挨拶ぐらいしなさーい」

「……泣きたい」

 しかし泣いている暇など無い。女夜水よみずのクローゼットや引き出しを開け、適当な着替えを漁ってみる。

「……」

 小さな引き出しに入っていたブラやショーツに、夜水は閉口した。

 この星での夜水は女なので当たり前である。

「……ノーパンでいたい」

 ブラの付け方は、パソコンで適当に調べればわかるだろう。

 本当なら付けたくもないが、重たい、肩が凝る、胸がぶつかると痛い。まさかこんな経験をすると思わなかった。地球へ帰還したら女性に優しくしようと、遠き夢ながら誓う。


「そうだ、こいつだってトラベラーなんだ。何かファイルから得るものが出て来ないか?」

 本棚に掛かったレースのカーテンを開き、トラベラー関係のファイルを漁る。

 しかし試験に関する物レポートしかない。

「調べていた物も同じだって事か。脳内が同じなら意味がない」

 自分がもっとよく気を配れば、スムーズにいったのにと口を尖らせてノートを手に取った。

「? なんだこれ」

 表紙に可愛らしいウサギの絵が描かれたノート……ではなく日記帳のようだ。わりと分厚いので、三年分は書き込めそう。

 好奇心に押され、中をパラと捲ると写真が貼り付けられていた。


『今日から高校生だよ!あー緊張するーっ』


 日記の通り、緊張している写真の女性は逆転星の夜水だ。胸が無ければ、夜水そのものだと言われてもおかしくない。

「本当にドッペルゲンガーだな」

 しかし夜水には、ちまちまと日記をつける習性はない。学生時代に交換日記をしている女子がいたが、あんな物だろうか? と頁を捲った。


『なんと~辻君も同じ高校でした!しかも同じクラス。偶然すぎて笑っちゃった!変に思われたかも?』


 この頁の写真には、高校生の女夜水と辻が映っている。

「ぷっ、くくくっ、なんだこれ」

 不愛想な辻の顔が妙に幼くて笑いが込み上げてしまう。今のガチムチな辻に見せたら嫌がりそうだ。

 大体似たような内容なので、パラパラと後ろの頁まで捲ってみた。


『辻くんに夜水は背が変わらないなと笑われました…。もうっ、酷いっ!』


「失礼な奴だな、ほんと」

 背比べされて怒っている女夜水と同じ表情で怒ってしまう。


『そろそろ進路を決めないとなぁ。トラベラーなんて言ったらお母さんが倒れちゃいそう』


 これと同じ事を地球の父にされたので、同情を禁じ得ない。夜水も必死に説得して許してもらったのだから。

「それにしても、こっちの辻、めっちゃ俺と仲いいな」


『トラベラーの学校に受かりました!辻くんもギリギリ受かりましたーっ!やったぁ!』


 部屋にある認定書を掲げ喜ぶ女夜水と、横でヘタっている辻の写真で、日記は終わった。

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