9 夜水と恐竜の毛
「時空旅行の件は後にして、地球の座標を手に入れたい」
昼休み。
宇宙センターの基地に併設された社員食堂で、夜水は辻に打診した。
「宇宙船に座標を打ち込めば還れる、と、思う……から」
研究員達に笑われた虚しさに、弱々しくサンドイッチにパクつく。
「キャンピングカーで還ると俺は言ったよな」
「あの、おんぼろの酷いやつな」
「馬鹿にするなよ? あれに地球の座標が打ち込んであるんだから」
「……は?」
淡々と煮物を口に放り込む辻を、夜水は異星人でも見るような目付きで凝視した。手から離れたサンドイッチが皿に落ちる。
「は? は? なん、何だそれ。何で言わなかったんだよ」
研究室で恥をかいた自分の労力が無駄骨ではないか? 夜水は立ち上がると、辻を見下ろして睨んだ。
「地球から来たんだから当たり前だろ。でもキャンピングカーは壊れてるし希望を持たせた後に失望したいか?」
「直せばいいじゃん!」
だんっとテーブルを叩く。水の入ったコップが傾いたが、倒れることなく元に戻った。辻は動揺せず、里芋を齧る。
「言っただろう。最新の宇宙船に取り掛かっているんだ。俺達の船に手が回るまで日数が見えない」
「最低最悪すぎる」
夜水は再び椅子に着席するも、食が進まないと、サンドイッチの皿を押しやった。
「整備士の免許取れば良かった」
「お前、トラベラーの免許を取るのすら苦労してただろ」
「うぐぐ」
味噌汁のお椀越しに小さな目で
「そうだな……材料があれば出来ないこともない」
「お前、故障したって騒いでいた時『さぁ……』って言ってなかったか? 記憶喪失?」
夜水は、卵焼きを摘まむ辻の頭を指で差した。
「単に整備不足だったなら、パーツを変えれば直るだろうか? と思っただけだ。俺だって整備士じゃないんだから『直る』なんて断定出来ないし」
「まぁ、確かにこの星に人がいるなんてあの時点で分からなかったもんな……」
整備しよう! なんて野原しかない広大な土地で思い立ち、エンジンまでぶっ壊れたら夜水はサンドイッチなど食っていない。
今の状況は悪夢だが、餓死も最悪だ。
「直したい」
夜水は両手を固く握り、切なげに訴えた。もう、どんな手段を使っても本当の家族に会いたい。揺るがぬ決意を聞くも、辻は唸りながら箸を皿に置いた。
「パーツはどう仕入れるんだ」
「……盗む?」
「警備が杜撰だからな、不可能じゃない。ただ見つかったら牢屋行きだ」
「この星に拘束されてるのと変わりないから賭けに出てもいい」
「それは流石にやめろ」
「地球に還れるなら今すぐにでも動きたいよ!」
ただ、時空旅行の許可が必要だ。
勝手に飛び出したら違反も違反、トラベラーの免許剥奪は逃れない。
「なあ。俺達、地球で任務もらって時空旅行出たじゃん」
「ああ」
「確か恐竜の毛を調べろと」
文献で恐竜には毛があったらしいと発表された。
ただ〝らしい〟だけで実物がない。
「毛ならタイムパラドックスの影響を受けないだろう、と許可を得たよな」
夜水は自分の髪の毛を摘んだ。
「そうだな」
「ここでも毛について申請してみると、どうだろう? 地球と成り立ちが同じなら恐竜だって居るはずだ」
摘んだ毛を離すと、ドヤッと両手を前に突き出した。
「いい考えだが、誰かに先を越されていたらどうする」
「うっ」
この星のトラベラーが既に検出し、研究員に差し出していたら計画はパァもいい所だ。
「本体の擬似レコードにあるか調べればいいじゃん」
「あのな、容易に本体に触れると思ってるのか? 嘘のデータが打ち込まれるのを危惧して、警備がガチガチだぞ」
辻は夜水の弁に呆れ、冷めたお茶を喉に流し込んだ。
擬似レコードのデータは一般公開されている。目的は、人類に未知の好奇心を与え、未来をより良くする為だ。
しかし一般用の公開データは、最新データより一年前の物であり更新が遅い。
手に入れた最新データの誤字脱字、及び情報の信憑性をチェックをする必要があるので、これは致し方ない。
ゆえに、恐竜の毛は公開していないだけで既に研究所でゲット済みだよん。といった悲しい可能性があるのだ。
「恐竜の毛を取りたいですって申請する」
俯き、指で紙ナプキンを弄る。
「……それなら既出か分かるな」
「だろ?!」
ぱぁっと顔を上げ、紙ナプキンを皿に放った。
「で、被ってたらどうする」
「それなんだよなあ~」
夜水は困り顔で、オレンジジュースのパックを掴み、ちゅーっと吸った。
「それに『行け』と許可が出て、地球の座標もない宇宙船に押し込まれたら?」
「毛だけ持ち帰る虚しい作業で終わる」
そんなの紙パックみたいに凹む……。
「だろ。だからキャンピングカーを直し、地球の座標を得たら申請すればいい」
「道程長いな!」
ケロリとした辻の言葉に、夜水は頭を抱えて左右に揺する。
「しょうがない」
食事と作戦会議を終えた夜水は、とぼとぼとトラベラー室に戻った。
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