8 夜水と疑似アカシックレコード
基地の研究所には『疑似アカシックレコード』が存在する。
地球や歴史上、全てのデータを集めるのは不可能。
なので『疑似』と呼ぶ。データがあれば、好奇心ある者に託され、さらなる情報が得られる。
データの取得方法は以下だ。
・研究員が疑似アカシックレコードにないデータを調べる。
・ない物をトラベラーに依頼する。
・トラベラーが既に手にしている案件か確認。
・トラベラーは依頼を持って時空旅行をする。
・持ち帰ったデータを研究員に提出。
・疑似レコードに登録する。
・トラベラーが知りたい案件も提出可能。
・依頼が通れば、トラベラーは喜んで旅立つ。
※ただし歴史を変えてしまう事は禁じられている。
死者の蘇生、偉人の殺害。
「自分の先祖を知りたい」といった個人的な企画はシュレッダー行きとなる。
見知らぬ星にいる今、夜水達が調べたいのは他の惑星の存在。
それは、ずばり地球だ。
様々な惑星に精通している研究員なら、齧っているかもしれない。
そうすれば地球の情報を得られ、何かしら解決の糸口になるだろう。
「は? 地球? なんです、それ」
期待は一瞬で打ち砕かれた。
研究室では、疑似アカシックレコード――疑似レコードを管理する研究員がわんさと居る。
一介のトラベラーがここに来るとしたら、先の説明通り『トラベラーが知りたい案件を提出する』という目的が必要だ。
よって地球という美味しそうなネタを餌に夜水は、滅多に来れない研究室に伺った。
なのに。
「いや、だから惑星です、こことそっくりの」
「そんな星、視認したこともないですし」
「ちょっ」
夜水は立ち去る研究員の後を追うと、周囲の研究員に縋るような目を向けた。
「あの! 〝地球〟って星知りませんか!」
夜水が叫んだ後、しん……とした沈黙が室内を満たした。
「無い」
「無いわ」
「ゲームじゃなくて?」
「実際あるんですよ! しかも皆さんの性別が逆なんです!」
両手を広げ必死な夜水に対し、くすくすといった小さな声が始まり、最終的には大爆笑が起こった。
「夢なら家で見てよ。それより君可愛いね。デートしない?」
しねーよ! ボケカス脳内レンコン野郎が! と言いたかったが、立ち入り禁止にはなりたくない。
「失礼……しました」
夜水は拳をふるふると震わせながら、ドアを静かに閉めた。
「研究室は? どうだった?」
トラベラー室に入ると、辻がパソコンにデータを打ち込みながら夜水に聞いた。
「俺の顔が喜びに満ちてるか?」
「泥に跳ねられたような顔してる」
「……」
夜水は辻の向かいにある、自分のデスクに力なく座った。地球でも辻と向かい合わせだったが、この星でも同じだとは。
女の辻と女の夜水だってバディ同士の筈だ。きっと楽しく仕事をしていたに違いない。一ミリも同調出来ないが。
「あのさ、欲しいデータをでっち上げて、時空旅行に行く振りして地球を探せないかな」
「どんなデータを理由にするんだ?」
全く気を使っていない辻の声と、キーボードを打つ音が耳に障る。
「縄文土器を一つ持って帰る」
「あるぞ」
「人柱の有無」
「あるぞ」
「くねくね」
「そんなん通る訳ないだろ」
「思いつかない……」
机に上半身を預ける夜水に、用紙で棒を作った辻が隙間から、ぽこんと頭を叩いた。
「とりあえず仕事しとけ」
「書類整理するトラベラーなんて居ないよ……」
「人件費が足りないんだろ」
「新しい宇宙船の開発に回されるなら喜んでやるよ」
宇宙船の写真がプリントされた定規を手に呟いてしまう。左右に動かすと、ロケット型と飛行型に切り替わるレンチキュラー仕様だ。
「今開発が進んでるが、完成の見通しが立っていないんだと」
「この星、全然高度じゃない」
「国境超えた時、喜んでたろ」
「ていうか、辻の順応が早くて引く」
「サボってたら怪しまれるだろ」
「……」
夜水はペン立てのボールペンをくるくる回した。ボールペンの中には水が入っていてピンク色の可愛い花が浮かんでいる。
よく見ると机周りはピンクのノート、ファイル、ハサミに至るまでピンクで可愛らしく彩られている。ペン立ても白いレースの模様だ。
(こっちの俺はこんなもんが好きだったのか?)
宇宙船に憧れを抱く、パンツスーツの彼女の心は乙女だったようだ。部屋もレースやピンクの色に彩られ、女の子らしさ全開だったし。
(どんな子なんだろ。いや、女版の俺なんだけどさ。地球の父さんを見て、卒倒どころか心停止しそうだ)
にやにや笑っていると、向かいの辻が『仕事しろ!』と指先で机を叩き合図する。ハイハイと夜水はハーバリウムのボールペンで頭を掻き、書類の山に向き合った。
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