5 夜水と素敵な男女

「あっ! 私達は友好です!」


 変なタイミングで声を上げてしまったが、誰も居なかった。あるのはテーブルに銀色の四角いトランクが二個置かれているだけだった。

「……誰もいない」

『任期お疲れ様でした』

「わっ!」

 突然部屋の四方から音声合成が聞こえてきた。

『北峰夜水様、辻榊様。お間違えないでしょうか』

「あっ、合ってます! けど……」

『預かった私物をお返し致します。先にご確認をお願いします』

「私物って何?」

「自分の物」

「辞書引かなくてもわかるよ! そうじゃなくて、何で初めて来た星に俺達の私物があるんだよ」

「……さ」ぁ、と言おうとした辻を斜め下から睨んだ。

「言ったらコロス」

「分からん」

「俺だって分からないよ」

 夜水は恐る恐るトランクに手を触れた。電撃等はない。

「あっ、開けるぞ」

「ああ」

 せーのっ! の掛け声で夜水達はトランクを開けた。目を瞑っていた夜水は木っ端微塵にもならずにホッとしたが、心労で寿命が木っ端しそうだ。

「服と電子手帳と……職員カード?」

「俺達の名前が書かれているな」

 服は真新しく、サイズが小さめだが自分が好んで着ている物と似ている。

 職員カードには、よく見ると自分の名前とトラベラーの役職名が印字されていた。

 なら電子手帳はと操作すると、名前と住所、電話番号が表示されるじゃないか。

「わっ! これ、この住所うちのじゃん! 電話番号も!」

 夜水が電子手帳を上下に振り回しながら、辻に向かって叫んだ。

 これで確定した。この星にはアメーバなど居ない。勝利を勝ち得たと、夜水は心の中でガッツポーズをキメた。女性化は謎のままだが。

「俺のも同じだ」

「待って、ここって……もしや地球じゃないのか?」

「地球から飛び出て地球に落ちたなら、間抜けにも程があるな」

 辻は手で日差しを避けながら、遠い空を見た。否、宙に想いを馳せているのだろうか……。

 そんな切なげなデカい男の気持ちなど露知らず、夜水は喜びに手を震わせた。

「間抜けでもいい! やったぁ、嬉しい! ってああ胸! どどどうしよう、辻! こんな姿見せたら全員ショックで寝込む、特に父さんは失神する」

 夜水は大きな胸を手でぷにぷにと揉んで訴えるが、そんなもん俺に見せつけられても……と、辻は複雑な気持ちになった。

「ご両親に説明すればいい」

「説明したら困るから悩んでるんだよ!」

 女になりました、いえーい、なんてアイドルポーズをキメたら、父の魂が天高く昇るだろう。或いは『可愛すぎ! 無理!』等と言い、軟禁されるかもしれない。怖い。

「タイムパラドックスが起きたとか言えば」

「時空を曲げた結果、女になるなんて聞いた事がないぞ……」

「素人なら納得するんじゃないか?」

「……俺が納得してない」


 原因不明の病で胸が腫れた? 初の宇宙旅行へのときめきが胸に現れた?

 いや、下半身は言い訳が何も思いつかない。取れちゃった! なんて言うのは三歳まで通じるジョークだ。

 上半身も下半身も、一体どうすればいいのか。

 取り乱す夜水より百倍冷静だった辻は、無表情の下で隣の百面相をただ見つめるだけだった。


「とりあえず帰宅するしかない」

「うう……」

 夜水達は職員カードを首にぶら下げ、トランクを持つと部屋を出た。『お疲れ様でした』の機械音声を背に受けながら。

 受付に行くと、女性が全員起立をした。

「お疲れ様でした」

「あ、あありがとうございます……」

 ぺこぺことお辞儀しながらの愛想笑いで自動ドアを抜けた。

「怪しい奴だな」

「これも宇宙船をキャンピングカーから、ちゃんとした物に変えてもらう為だ」

 妙に冷静な辻に対して、夜水は人差し指を振りながら講釈を垂れる。

 二人は同じ年齢だが、リーマン並みに背を真っ直ぐに正して歩く辻の方が、年上に見えた。


 二人は怪しげなドームから出ると、駐車場に止めていた春色イエローのキャンピングカーに乗り込んだ。

 コンパクトに見えながら、ベッドも冷蔵庫も、忌々しい砂を洗い流したシャワーまであるなんて、改めて凄い車。

「ほら、キャンピングカーのシャワーに喜んでいただろう」

 辻がシャワーのドアに手を向けても、夜水は意に介さないどころか知らんふりをしている。

「宇宙船にもシャワー付けてもらう」

「腰が低いのに要求が高いな」

「いいの!」


 にっくきキャンピングカーは歩道でも使えるから腹が立ってしまう。宇宙船なら、こうはいかないだろう。

 夜水は運転を辻に投げっぱなしにし、窓からのそよ風を楽しんだ。信号機、電線、道行く人々の様々な表情。


 今は五月。

 女性は暖かな季節を意識し、ミニスカートを履いている女性が多く、素足に高いヒールが似合ってる。

 男性は流行のレトロファッションのお陰でタイトなスーツ姿が多い。ストライプや千鳥格子のネクタイが恰好いい。

「可愛い……恰好いい……」


 街を離れ郊外に入ると、見覚えのある風景が並び始めた。

「あっ、あの小学校! よく買っていたケーキ屋もある!」

「地球みたいだな」

「いや、完全に地球でしょ。間抜けなキャンピングカーに今だけ感謝したい」

 手を組み握る夜水を他所に、キャンピングカーは一軒家の前で止まった。

「お前の家にしか見えないな」

「だから俺の家だってば! こっちは二日ぶりでも感動して涙で前が見えないのに」

「大袈裟だな……」

 夜水はトランクを引き出すと、ドアを開けてひらりとステップから飛び降りた。

 ああ、この身体を見たら、千鶴はドン引くだろうな。でも優しい子だから、『お兄ちゃん可哀想』と一緒に泣いてくれるかもしれない。父さんは女になった俺に、やはり狂喜乱舞するかもしれない。とても嫌だ。

 家の鍵をキャンピングカーに置いたままだと気付き、それじゃあとインターホンを押した。

「はーい」

 高らかな声は、ミニお重を持たせてくれた母さんだろう。


 見知らぬ星に来たと、一旦は二人で絶望したのだ。それが、実は地球に帰還していたなど欠片も想像していなかったので、喜びが半端なかった。初の時空旅行ゆえに怖かったし、もう二日が一年くらいの感覚になってしまっている。

 だから、家族を一目見たら確実に泣いてしまうだろう。涙を浮かべる夜水に対し、父と千鶴にまたブラックホールにされそうな予感。


「夜水!」

 自分を呼ぶ声に、目に溜まった水分が落ちないよう顔を上げた。

「夜水っ! 夜水ぅ!」

 ぎゅうっと身を抱かれそうだったので、三歩ほど後ろに下がった。

「え……とう……さん?」

 夜水ぅ~は父の鳴き声の筈。

「父さんは会社でいないでしょっ! それより夜水ぅ~」

 と、抱かれた拍子に大きな胸が夜水の顔にぷにっと当たった……。

「は? は?」

 家の奥からドタドタドタと廊下を走る音がした。

「帰ってきたって本当?!」

 小さな影が玄関から飛び出した。

「うわっ! 本当に姉ちゃんだ! ちょっ、母さんずるいぞ!」

 脳内が真っ白になった夜水は、争うように左右から抱きしめられた。女になった父さんと、男になった千鶴に……。


 夜水は気絶した。

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