4 夜水、入管される
「辻の言うように水場に行く。もうアメーバでもなんでもいい。状況を変えたい。この星も調べたいし、なんなら資料として持ち帰りたい。帰れないとか言うなよ?」
「賛成だ。ここで立ち往生したってしょうがないしな」
二人はキャンピングカーの中を掃除して砂を払いきったあと、簡易探知機で自分達のいる位置を確認しながら車を走らせた。
「あっ! 辻! あそこに鳥がいる!」
夜水の指をさした先にある大きな木の枝に真っ白な可愛らしい鳥が集っている。
「水場が近い証拠だな。あっちへ行ってみよう」
「うん!」
暫くキャンピングカーを走らせていると前方にうっすら何かが見える。
二人は車を止め、一旦外に下りた。
「なぁ、辻。あれって蜃気楼って奴じゃないか?」
遥か遠くに、ビルの立つ都会のような物が見える。が、ここは砂漠でもない。太陽は照り付けておらず、春の陽気に近い。そんな気候に蜃気楼など現れるだろうか。
しかし水場の上に都会が浮いている様は蜃気楼そのものだ。
「もし行って、『何もありませんでしたー! 騙されたっ』ってなるのは嫌だ。あと怖い」
「水場だけがフェイクでビルは本物かもしれないぞ」
「そんな分の悪い賭け嫌だな」
行きたがらない夜水の様子に、辻は一旦黙り込んだ後、説得するように話を切り出した。
「──前に『蜃気楼は妖怪の仕業だ』とロマンを抱えて飛び出した奴の提出レポートを見た。結果、疑似レコードにそんなもんは居ないと載せられた。飛び出した奴には気の毒だが、お陰で妖怪ではなく本物だという可能性を得た」
どこをどう考えたら、妖怪にロマンを見出すのか。躊躇していた夜水は、辻の話に馬鹿らしさを覚えた。
「それを信じるなら行ってみる価値はあるな。あと、そいつに同情した」
「まぁ、そんな訳でガソリンも足りてるし行って損はない。どうする?」
「行こう。ただ、未知の生物だったら怖い……」
「その時はその時だ」
「無責任!」
二人は再び車に乗り込むと、謎の蜃気楼に向かって走り出した。
夜水はクリーム色の合皮ソファに座り、怖い事が起こりませんようにと願った。もし自分達がアメーバの捕虜になり、不当な要求を地球に突き付けられたら、宇宙大戦争になる可能性も否めない。友好かつ平和的に行きたい。自分達は図らずも母惑星の代表になるのだから。
念願叶い、夜水達は蜃気楼まで辿り着いた。
街の周りはコンクリートの壁に囲まれており、蜃気楼のように浮かんで見えたのだと判明した。
しかし母惑星にもあるだろう国境であった。この場合、夜水達からは星境(?)になるのだろうか。
「待て、お前ら! どこから来た!」
戦車に乗った男達が、ジャキッとライフルを鳴らし、真っ黄色のキャンピングカーに迫った。
夜水的には殺される恐怖より、人間だ! 嬉しい! という喜びの感情の方が勝った。
窓から思い切り「私達は怪しい者ではないです!」と叫ぶ。
「はぁ?」
「言葉が通じてる!」
「たった一言だぞ」
辻のツッコミを無視し、夜水はキャンピングカーから降りた。
「あの、私達はトラベラーの者です。誤ってここの星に不時着してしまったんです」
夜水はライフルを持った強面の男に必死で訴える。
「……トラベラーか。どこの星から来たのか言え」
「地球です!」
「地球ぅ?」
不味い。地球が見知らぬ星である可能性はある。何故ならこの星もデータになかったからだ。だとしたら、夜水達の方が異星人に見られる。そして捕まり、拘束され、解剖なんぞされたりしたら――。
「まず、顔をスキャンさせろ」
ハッと顔を上げると、カメラのような物でぱしゃりと光を浴びせられた。
「
「は、はぁ……」
何故自分の事がわかったのだろう、もしや全てを見通せる光でも浴びたのだろうか。
「じゃあ、そっちさんもスキャンして」
「はいはい」
辻が手を挙げながらキャンピングカーから出ると、同じくぱしゃりと光を浴びていた。
「
「……凄い機械、ですね……」
男はカメラのような物を操作すると、カードの差し込み口に似た形状の物から白い紙が二枚出てきた。
「これを持って入国しろ」
「い! いいんですか?!」
「登録されてるんだから当たり前だろ」
辻と夜水は互いに顔を見合わせた。もらった紙にただ困惑してしまう。あまりにも簡単すぎて、この星は警備がゆるっゆるなのではと疑ってしまう。
「行かないなら尋問になるがいいのか?」
ライフルを掲げようとする男に、夜水は慌てて「いきます!」とキャンピングカーに逃げ込んだ。早く早くと辻を急き立て、窓から作り笑いをしながら男達に手を振った。男達は夜水達を一瞥すると定位置に戻っていった。
あそこで撃たれていたら見知らぬ星で最期を迎えてしまう所だった。千鶴、母、特に父の号泣した顔がありありと浮かんでしまう。
「怖かった……」
「ああ、互いに無事で良かったな」
「っていうかこの星、高度すぎない?! 地球の存在どころか、地球人のデータまであるんだよ?!」
「それだけ地球が進化してないって事だろ」
「うう、ありがたいけど悔しい」
地面から、ふんわり浮いたキャンピングカーを走らせ外の景色を見ていると、ファンタジーかと思うような広い森や野が広がり大きな水車が回っている。
ということは無く、まるで地球に還ってきたのでは? と疑いたくなる文明に夜水は驚愕した。
「ビルがある……看板がある……歩道橋も横断歩道もある……」
夜水は窓に手を触れ、シュインと機械音を鳴らして開けた。
『開けたい』と願えば、物理的に消せるのだ。
これなら、窓の外を見たがるお子様も、挟まれずに安全に見れるね。外に手は出しちゃいけませんが!
それはさて置き、都心の空気の悪さすら地球と同じだ。夜水は電車から外を覗く子供のように、ソファーの上で目を丸くした。
「地球に来たと勘違いしてもおかしくない?!」
「まぁな」
くらくらと頭を押さえながら、はて自分達はどこへ行けばいいのだろうと気付く。
「ところで、俺達はどこへ行けばいいんだ?」
「……さぁ」
物凄く他人事だ。
「その口癖止めろよな。腹立つから。とりあえずさ、この星にあるステーションを探そうよ。地球を知っているなら、宇宙船だってあるだろうし。キャンピングカーじゃなく、ちゃんとした宇宙船が。ちゃんとした宇宙船が」
「地球人なので、宇宙船下さいって?」
辻は運転席で窓からそよぐ風に吹かれながら、呑気に返す。
「そこは頑張って交渉するしかない。あと他人事!」
「不安しか見えない」
「ちょっとは励ませよ……」
辻の適当な言動に、ああバディ選びを失敗したとソファーで項垂れてしまう。
「なんかあるぞ」
「何」
むーっと夜水が窓の外を見ると、街の中央に金属で出来たドーム型の建物が現れた。地球のステーションと良く似ている。というかそのものに見える。
「もう如何にもじゃん! 辻! あっちに発進!」
「めちゃくちゃだな」
「今の状況がめちゃくちゃだよ!」
辻の背後で司令官よろしく指揮を取る夜水に、やれやれとキャンピングカーを走らせた。
「着いた、けど」
ドーン! と効果音が鳴りそうなシルバーのデカいドームに怯む。
「私達は友好です。私達は友好です」
目を閉じた夜水は、異星人に会う前の練習として、ぶつぶつと呪文のように挨拶を繰り返した。
「壊れた人形のようだな」
「どこの星でも第一印象が大事だろ!」
夜水達が建物の前に立つと、ドアがシューッと自動で開いた。
「わりと不用心だな」
「国境超えたからじゃないか?」
ドームの中は広大で床はピカピカ、埃ひとつ落ちていない。衣服に気を使えば良かったと、色褪せたTシャツとジーンズの夜水は地球代表としてしょんぼりする。
「いらっしゃいませ」
前方から透き通った女性の声が聞こえ、びくりと背を正した。
「証明書はお持ちでしょうか?」
「しょっ、証明書?!」
「あれじゃないか、おっさんがくれた紙」
「ああ! 成程」
夜水は身につけていたボディバッグの中から、白い用紙を取り出し、受付の女性に手渡した。
「北峰夜水様、辻榊様ですね。こちらへどうぞ」
女性は受付から立つと、夜水達を細い通路へ誘導した。
「何だか友好的すぎて逆に怖い」
「お前、さっきの気概はどこやったんだよ」
長い通路の先に、シルバーの金属で出来た扉が現れ、「こちらへお入り下さい」と案内された後、受付嬢はさっさと去ってしまった。
「……辻、お前、先に入れよ」
「さっき人形になってたのに急に気弱だな」
「仕方ないだろ、色々怖い!」
辻は肩をやれやれと落とすと、ドアノブに手を掛け、重い金属のドアを開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます