3 夜水のお仕事

 さて。


 ここでトラベラーの説明をしよう。

 トラベラーとはタイムトラベラーである。

 主に、あらゆる時代に旅立ち「過去の遺産回収」を行う仕事だ。

 そんな事をしたらタイムパラドックスが起こるのでは? 勿論未来に影響しない事が前提だ。

 例を出すなら、トラベラーがジュラ紀に行き、恐竜の細胞を取って未来へと持ち帰る。

 それを研究所に提出し、研究員が資料として補完。継いだ次世代のトラベラーが新たな資料を探す。 

 つまり、擬似アカシックレコードの作成を目的としているのだ。

 気の遠くなる作業だが、人間には好奇心という性質がある。

 子供から研究者まで、未知の物は知り尽くしたい。

 そういった好奇心ある優秀な人材を育て、未来への希望に繋げるのだ。

 壮大に見えるが、簡単に言うと夜水達は縁の下の力持ち、ただのお手伝いさんである。

 しかしトラベラーには危険がつきものだ。指示を無視し未来を変える行為をすれば、一発でその者の受精卵は潰され存在は消える。

 そんな恐ろしい危険を犯してでも過去の遺産にロマンを馳せたい、ただそれだけが彼らの原動力であった。あと給料いいし。


「給料……もらえるのかな」

 硬いベッドの上でぽつりと漏らす夜水の独り言は現実逃避の上だろう。

「口座見ればわかる」

「なら母さんが管理してるから安心だ。ははは……」

「……メシ出来たら呼ぶから」

 辻は気にせず、キッチンへと戻った。


「……」

 自分ではなく、背高で筋肉質な辻が女性になったらと想像してみる。

「怖い」

 あの体に胸が付く。想像しただけで身が震えてしまう。

「ぷっ、くくく、あっはっはっは」

 腹が震えるほど捩れ、ベッドの上で転げ回ってしまった。

「はーあ……ヨシ!」

 体に変化があっても、自分の心は以前とちっとも変わらない。なら変化する前の自分なら、この先どうした? 荒野で男二人ぽっちで何をする?

「辻の言う通り、生命体がいるかもしれないな。車用の水が欲しいし、水場を探そう」

 善は急げだ。夜水はグッと拳を握りながら立ち上がった。


「なんだ?! どうした?!」

 突然の笑い声に驚いた辻がカーテンを開ける。

「あ、ご飯? 昨日食ってないから腹持ちいいもんが食いたいな」

「……」

「なんだよ」

「こっちの台詞だ。なんで裸なんだよ……」

「シャツ、クローゼットの中だもん。取りに行く為に脱いで何が悪いんだ」

「お前な……。服は俺が取るから、そこで待ってろ」

「それ!」

「は?」

「俺を女扱いするな! 以前と同じようにしろ!」

 仁王立ちでDはあるだろうふくよかな胸を張られても。

「あのな、女の胸見て普通でいられるか?」

「はーん。お前、女の胸見たことないんだな」

 くくく、と邪悪な笑みをしながら辻を見下ろす……事は身長差で出来ないので見上げ、顎に手を当てた。

「ある。そうだな、むしろ見慣れている」

 突然のマウントに夜水は一歩引いた。

「けっ、経験豊富だからって自慢するなよ」

「自慢じゃないし……。なんだ、お前は見たことないのか?」

 夜水の背中にデカいもりが刺さった。

「み、見たこと、あっ! 千鶴のなら赤ちゃんの時に……」

「こんなとこでブーメランするな」

「と、とにかく! 俺が全裸でも気にするな!」

「男でも全裸は気にするだろ……」

 夜水は着ていた服をぶん回し、怒りながらクローゼットに行ってしまった。


 このキャンピングカーは軽快な黄色の車体に反して、やたら豪華で、なんと洗濯機まで付いている。

 まぁ、水が底をついたら終わりなのだけど。


 その車や宇宙船で彼らが時空旅行をして、例えば石器時代に行ったとしよう。資料を得た後、速攻で元の時代に戻り、宇宙ステーションにお世話になる。そこからまた地上に降りた後、地球の基地に帰還『これ取ってきましたー』と研究所に提出すればお仕事おしまい。

 行った先で尖頭器せんとうきにやられて死んでもおしまい。

 夜水の父が泣くのもわかる。


 夢みたいな時空旅行が出来るのだから、この広大な地をテレポーテーションで移動出来るのでは?

 しかし残念ながら、同じ時間帯を移動する手段は成功していない。

 と、いうのは表向きだけで、実際は成功している可能性が多大にある。どこかの金持ちが研究所に投資し、成功させ、ジュネーブでバカンスしちゃってるのかもしれない。

 夢のテレポーテーションは夢ではないかもしれない。

 何故ならここは何百年後の未来だから!


 夜水のTシャツとジーンズには未来感がちっともないけど……。

「胸がぱつぱつできつい……」

 女性化には未来感があった。

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