2 夜水、夢を見る
おさらい
宇宙船(キャンピングカー)の座標データにない見知らぬ星に、うっかり降り立ってしまった男が二人。
その内の一人が男から女になってしまった。
一人目は
身長、百八十センチ。体重、八十キログラム。
苗字が〝つじ〟で名前が〝さかき〟。わりと珍しい名前なので、周囲に覚えてもらいやすい。
しかし『つじさかきさぁん』と病院で苗字扱いされるので、都度訂正をしていたが慣れ切ってしまい、自分は『つじさかき』が苗字なのではと洗脳されつつある。
背が高く筋肉質でガチムチに近い体型だ。
黒髪をツーブロックにし、襟足をバリカンで刈り上げたヘアスタイルをしている。
え、そんな百八十センチでガチムチとかイケメンじゃないの……と思いきや、目はちっさく、きりっとした一重で、顔は角ばったフツメンだ。なので、ただの大男です。
二人目は
身長、百六十三センチ。体重、五十五キログラム。
顔は小さく頬に丸みがあり、睫毛は、つけまなど不要! とばかりに長く生え揃っている。二重でつぶらな瞳は、部屋の隅に逃げた子猫を彷彿させる愛らしさ。鼻筋や小鼻は控え目で、唇は血色がいいのか、ピンク色の薄づきリップクリームを付けていると勘違いせざるを得ない。
髪色は茶寄りで、髪型はショートヘアに子犬の耳が付いたかのように左右にはねており、そこもチャームポイントの一つ!
肌は白く全体的に華奢なので、抱き締めたらふっかふかの座椅子みたいに折り畳まれてしまいそう。
電車でうっかり隣り合ったら、ちょっと横に座りづらいです……と女性に思われるだろう。
しかし本人はこの容姿が大大大大っ嫌いで、彼女が欲しくても「お友達でいましょう」扱いをされてしまう。こんなのと一緒に居たら引き立て役になる。その辛さなど分かりはしない。
そして本人にはデリカシーというものが全くない。初デートでフードコートに行き、何食べる? 花丸うどん? とか尋ねちゃう性格なのである。
一人称は「俺」、口癖は「だよな!」「ちげー」「筋肉ウザい」「すげぇ」。容姿との差が激しいので面食らう人は数知れず。
漢らしい口調なのに怖がりなので、軟弱っぷりに拍車をかけており、全て容姿のせいだと明後日の方向に怒りをぶつけるのであった。
とにかく見た目は可愛いので、父の溺愛っぷりは分からないでもない、そんな感じです。
女体化は後者の夜水だったので、色々と幸いかもしれない……。
****
「なぜ」
「俺が知ってると思うか」
「なぜ」
「……」
夜水は砂に塗れた姿を忘れ、突っ立ったまま微動だにしない。
「とりあえず服を着てシャワー浴びろ」
「あ、そっか」
夜水は片手でポンと手の平を叩いた。
「あれだ、砂だよ。この星の砂が原因なんだよ、うん、それだ、うん」
夜水は夢遊病のようにふらつきながら、裸体で黄色いキャンピングカーに入っていった。
「……服着ろよ」
辻は自分の砂埃も払うべく、服を脱いで草原へと吹き飛ばした。髪の毛の砂を払っていると、一瞬獣のような声がして思わず周囲を見回した。こんな所で野獣に捕まっては堪らない。
「夜水、今変な声がしなかったか?」
キャンピングカーに向かって話しかける。
「……」
「おい」
「……」
「夜水? おい、ちょっ?!」
「辻……」
キャンピングカーからシャワーでびちょびちょになった濡れ鼠が現れた。
「変わらなかった。下も、うっ、な、無か……っ、ぐすっ、うぐ~」
うわああぁ! と先程聞こえた獣のような声で泣く夜水に、辻は呆然と全裸を見る事しか出来なかった……。
「俺には変化がない。夜水と俺で何か……そうだな、例えば遺伝子的な違いがあるとか考えられないか?」
冷え込む夜。
二人はキャンピングカーの中で、夕食の缶詰を開いた。しかし互いにフォークを持つ手が動かなかった。辻は困惑しながら、ぐしゅぐしゅと泣く夜水を慰める。
「そんなのこんな知らない星でどうやって調べるんだよ……」
タオルに顔を埋めて止まらない涙を拭っている。昼にミニお重を食べて良かった。それくらいしかポジティブ要素が今は無い。
「まず、水がある方へ向かうんだ。生物がいる可能性が高いからな」
「うぅ、そしたら、胸が無くなるのか? 解決っ、出来るのかよ!」
「それは俺にだって分からないさ」
「うわあぁぁ~」
「もう泣くなよ……。ああ、ほら。お前のだろ、これ」
夜水の手を掴んで巾着袋を握らせた。
「あ……」
くたっと砂まみれになった巾着袋に驚くと、パッパッと砂埃を払う。しかし中からコロンと落ちたビー玉キャンディは砂のお陰で真っ白にくすんでいた。数粒が吹き飛ばされたのだろう。千鶴から受け取った時より袋は明らかに軽かった。
「酷い……」
「すまん、全て俺のせいだ」
「……寝る」
責めたって状況が変わらない。キャンピングカーは辻のせいでも、砂と胸は原因が不明だ。なら悪夢から逃れようとベッドのスペースに行き、カーテンを開けた。
「ああ、お休み」
辻は缶詰を片付け寝る支度をした後、隣のベッドから布団を引き摺った。
「……なんで布団持ってくんだよ」
「ソファで寝るんだよ」
「わざわざ? ベッドで寝りゃいいじゃん」
大きな布団に隠れて顔が見えないデカ男を不思議に思う。
「そういう訳にはいかないだろ」
「何故さ」
「……お前な。はぁ……女と寝れる訳ないだろ」
「は? 女ってどこ……」
身を起こして問いただしていた夜水の体がぴたりと止まった。
「……もしかしてお前……俺に欲情してんのか?」
「欲情ってか、普通に女と寝ない」
「俺は女じゃない!」
夜水はベッドから飛び降りると辻のシャツを掴んだ。悲しいかな、百六十三センチだと腹のシャツしか掴めない……。
「ぐっ、ぐ~っ」
細かろうが男の夜水は、相手を掴んで突き飛ばす力があった。
しかし今は女の身体だ。数ミリも動かす事が出来ない……。
更に辻は、筋肉質のガチムチ男に近かったので余計無理である、ということにも怒りで気付くことが出来ない。
夜水は男の時も可愛かった。なので顔は変わりないが肩が丸みを帯び、まず胸がある。
辻には理性があるが、間違いを起こさないとは、はっきり言えない。
一歩も動けない夜水の両脇を持って抱き起こすと、ポイッと横のベッドに放り投げた。
「寝ろ」
辻は寝室のカーテンを閉めると、さっさと行ってしまった。
しん……としたベッドに、一人となった夜水はスローモーションのように倒れた。が、ぷにっとした感触を胸に受け、かばりと起き上がる。
「……怖い」
それしか言葉に出ない。だって、今まで無かった物がある。しかも触ったことや見たことなど一度もない異性のだ。恥ずかしいとか、触りたいという欲求より恐怖が先立った。
「寝よう」
夜水はうつぶせ寝を止めて仰向けになり、目を閉じた。
これは悪い夢だ。
目覚めたら今のように何の感触も受けない身体になっている。ここだって、誤って来てしまったのは自分の住む地球であり、自室なのかもしれない。
『お兄ちゃん、朝だよ! いつまで寝てるの!』
という妹、千鶴の可愛い目覚ましが待っているだろう。
「おい! 夜水! いつまで寝てんだ。早く起きろ」
その希望は、渋い男の声に打ち砕かれた。
「千鶴……男になったのか?」
「今は、そのギャグ笑えない」
夜水はカーテンの差し込む光に両目を瞑りながら、ふふっと笑った。
「……」
夢は夢で終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます